I will lead life happily and pleasantly.

team Impulse
 基本的には、モータースポーツが好きな連中どうしで走行会、カート大会等通じて
運転技術の向上に努めて、速く走る事を目標にし、仲間同士切磋琢磨しながら
モータースポーツを楽しむのが、うちのチームの方針です。

基本的には自己満足の世界ですから、自分が納得できて楽しめれたらいいのじゃ。

 諸事情により”走る車”を手放した人もいますが、そういう人はカート大会
で楽しんで、”走る車”を所有してる人は走行会も偶にはね〜。

 話は逸れますが、管理人の事を少々、私がモータースポーツを知るようになったのは中学生の頃、
ケーニーロバーツと言うバイクの神様という速い人でした。当時は放送もあまり無く、
雑誌等よく見ては一喜一憂したものです。。そのうちに雑誌で中嶋悟がF1に!と
記事からF1にも興味を持ち高校生の頃から見るようになりました。
アイルトン.セナがホンダエンジンを駆って、活躍し始めた頃でも有ります。
影響されたのか、20歳頃には、浅はかにも外国のレーシングスクールに行こうと、
資料を集めて本気で考えてことも有りましたが、親の反対もあり、
あっさり?と行くのを断念しました。そこまでの根性が無かったのですね; ̄□ ̄)・・・・

セナ、ベルガーがマクラーレンに乗ってた時に新太郎の好意で余ったチケットで
F1に連れて行ってもらって初めて生でみました。はっきり言って
圧倒されました。
当時はフェンス近くまで観客席も寄れたので、逆バンクでは音と振動が伝わってきて、
こんなに速いマシンがあるもんなんだと。。。こんなのに乗ってみたいとも思いましたね。
その後思い立ってレーシングカートを少々やったり、峠をちょいと走ったり、サーキットを
走ったりしながら現在に至りました。この先も走る事は変わらないでしょう。
お分かりかと思いますが、当時から好きだったアイルトンセナからパクリでHN作りました。

モータースポーツを生涯の趣味として末永く楽しんでいけるように、同じ趣味の
仲間同士で楽しく活動しつつ、モータスポーツを広く普及促進していきたいと思います。


現在のところ、18歳〜44歳位までの幅広い年齢層の仲間がいます。
います。活動的には、
カートショップぴぃたぁぱんでカートをレンタルしての
カート走行会、ショップ主催のスポーツカートレース参戦がメインになってます。
アクセルとブレーキとハンドル操るのはこの3つのみ。簡単なようでこれがまた
奥が深いのですね。

年齢、職業、速い人、遅い人関係なく、車が好きで走るの好きな人なら特に大歓迎!
なので、お気軽に来てください。又、子連れのパパさんも多数いますので、
結婚したから、子供が出来たからやめると言わずにおいでください。
正直なところ、ええ年やし子供も出来たとか、もう辞める年だとか言う人もありますが、
好きな趣味を一定?の年齢がきたから、結婚したから引退ってのはおかしいと思ってます。
自分は好きな事なので出来る限り続けて行き、またモータースポーツを微力ながら布教
していきたい次第です。
おもに関西圏を中心に活動しておりますが、ここ近年はチーム一丸となって
因みに、美浜サーキット5時間耐久レースは06年、07年は連続表彰台をゲット。

ジャン青ジ氏、ko-hei、サンパチ氏に至っては、個々でレーシングカートを所持して
レースに参戦しています。


2007年度 前年から引き続きレーシングカートでのタイムアタック
メインのチームシリーズ戦。
美浜耐久に2チームエントリーし1号機チームが3位に入る。
後半から、こんなのをやってみては?と言う一言から、
ぴぃたぁぱん主催のスポーツカートミーティング開始。
10月から参戦。
taziは後半追い上げるも惜しくも2位。
サンパチ氏、K本加入。
2006年度 カートメインのこの年、後半からレーシングカートでの
タイムアタックに変更… また参加者のレベルアップも
有り、ウェイト差も顕著に出てきた為、已む無くウェイトハン
ディ制、自腹修理時ペナルティ、優勝者ハンディが導入。
夏には美浜5時間耐久レースに出場し、マイカートクラスで
首位を走行するもペナルティで2位となる。惜しいんだな。
2005年度 舞洲インフィニティサーキットのレンタルカートの達人さんたちが
多数カート参戦し、夏には浜名遠征をおこなう。
アイルトントクの連続チャンピオン記録が4でストップし
元全日本経験者のKAZが貫禄の総合優勝!
長年DVDを作成してくれたおやじが転勤となる。
ジャン青ジ氏、ko-heiがレーシングカート転向。
2004年度 固定化しつつあるカートシリーズと走行会を主体に
活動。レンタルカートによる鈴鹿90分耐久
レースに参加し8位をゲット。まる10年が経過…
tazi、ジャン青ジが加入
2003年度 カート大会、走行会、バーベキュウを実施。
5月のJOJIさん主催のカートカップは2年連続優勝!
7月にはHP開設2周年を向かえる。
夏よりエボ7に乗り始める。
10月には結成9年目。。。長いもんだ
2002年度  年間6戦のカート大会を実施し、昨年より多数の
エントリーがあった。走行会はMLS貸切2回と
セントラルサーキットの走行会参加と主に走る
事中心に活動。ta-bowが加入。
2001年度  3月にはMLS貸切走行会、カート大会。5月にも
カート大会第2戦を行い、一応偶数月の第2土曜の
夜にミーティングを行なう。
7月9日に待望のチームのホームページ開設。
秋には5回MLS貸切走行会開催。
北神戸サーキットで初貸切でカート最終戦、
年末はセントラルサーキットで走り収め。
カートシリーズは同点ながらアイルトントクが優勝回数で
初代チャンピオン。ゆりちぇろ、マッサが加入。
2000年度  ツーリングから”走る”事に変わってきたので、参
加人数は走行会やカートTT大会では人が結構
集まる他は、少なくなってくるという状況になった。
因みに、この年に発足以来100回目の集まりと
なるツーリングで那智勝浦に車4台で行ってきた。
11月には第3回MLS貸切走行会を行う。
忘年会は8名という少数でしめやかに行なわれた。
1999年度  初のサーキット貸切走行会を備北で開催。秋にはMLS
とツーリングのネタ切れとともに、走るイベントが増
えてきて入ってくるメンバーにも変化が見られるよ
うになった
1998年度  月一回のツーリングを主体に活動。又一方では、
貸切カートTT大会、サーキット走行会参加等、走
る傾向に趣旨わ向けていった年でもあります。1組
が結婚。
1997年度  この頃からテニスグループの活動が盛んになって
きた。3月には某閉鎖施設を無理矢理?お借りして.....
FC-632というマシンでのタイムアタック大会を行
う。メンバーが急増した年でもあり、最大で?30
数名が集まったツーリングもありましちゃ。
チームステッカーの制作。自身のレーシングカート活動休止。
1996年度  この年はメンバーは多少増えて、20名を突破。ツ
ーリングとボウリング大会がメインで活動。2組が
結婚しました。この年の末に始まった年末初詣ツ
ーリングは3年でストップ。
1995年度  2月にJAF主催の鈴鹿でのカート大会に3名出場
し、約60名位の参加者中、2位と5位に入賞。
月一回のツーリングが定着し始め、メンバーも増
えてきたが、退会もいたのであまりメンバー数は
変わらず。
10月にレーシングカートを始める。始めて一ヶ月で
すぐレースに出たくなり反対を押し切って、走った事の
ないコースで無理矢理デビュー。
決勝の4位走行中チェーンが切れてリタイヤ。
1994年10月発足  サークル感覚で、Impulse発足!月一回会報スタ
ート。当初はメンバー集めのため、無理やり?知
り合いをメンバーに入れて、人数を増やすと共に
雑誌等でメンバーを募集に明け暮れる。この頃
は車で活動するのも乗合で、各地へツーリングや
競馬観戦,ボーリング大会等行っていて、メンバ−は
約10数名位であった。
11月にFormula-club KBEのチーム対抗戦(TT大
会)に出場し参加19チーム中3位をゲット。しかし
ここは残念ながら震災でなくなってしまった。
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