PROFILE

名    前  飛形 久志(とびかた ひさし
名前の由来  生まれた町の中央にある飛形山(とびかたやま 標高 450m)から飛形を拝借し、
 志(夢)を久しく(いつまでも)持ち続けていようとの思いを込めての 飛形久志 です。
住んでる所  大阪府堺市
生まれた所  福岡県八女 ・・ お茶とタケノコの里です
生まれた年  1956年5月25日
好きなこと   旅(あくまでも旅行じゃない!)
     旅は『人』に会いに行く、旅行は『風景』に会いに行くものだと決めつけています
 写真・・・旅に出た時には、記念写真をバシャバシャと撮ります
      最近ではカワセミをはじめとする野鳥たち、そして、風景写真も
好きな都市  アデレード・パース(オーストラリア)
 ウェリントン・ケリケリ・クライストチャーチ(ニュージーランド)

 バンクーバー(カナダ)
行 っ た 国  オーストラリア・ニュージーランド・カナダ・アメリカ・ハワイ・グアム・サイパン
 ドイツ・フランス・イギリス・スイス・イタリア・オーストリア
 リヒテンシュタイン・シンガポール
・中国・・・

東北への思い 3
(2012年5月)

 2011年3月11日、一瞬にして多くの人達の日常を奪い去ってしまった東日本大震災。
 復興までの道のりは数十年にわたると思われます。

 被災地への励ましの気持ちと忘れてはならない思いを込めて、この写真展を開催します。
 東日本大震災としっかり向き合い、被災地から目をそらさないで、
 これからも自分にできる範囲で関わっていきたいと思います。

 この写真展が被災地に元気を与えたり役に立つことはないかも知れませんが、
 わずかでも同じ思いと時間を共有できれば‥と思います。

 今回、多くの方の応援と協力を得て、震災前、震災後の三陸海岸の写真を展示します。
 この写真展を見て頂いた方に東日本大震災への思いを何かしら抱いて頂ければ幸いです。


東北への思い 2
(2011年8月)

 “深く心の奥に焼きついた一枚の写真がある。
 瓦礫に埋もれた身体、手首だけが地表に見えていた。
 その手を強く握りしめて泣きつくす女性の姿”


 3月からの被災地への思いに我慢できず、8月、盆休みを利用して被災された方に会いに行きました。 

 東日本大震災、切り取られた風景は幾度となくテレビや雑誌で見ていたのですが、
 現地に立って、切り取られていない光景を見て、ただ無言で佇んでしまいました。

 『復興』なんて安っぽい言葉はまだ早過ぎる。震災から5ヶ月が過ぎてもなお震災直後と同じ瓦礫の山。
 民主党とか自民党とか、政権争いしている場合ではない。
 そんな無駄な時間は捨て去って本気になって取り組んでいかないと、本当の復興などありえない。
 自治体そのものが被災している今、自治体には限界があります。
 国が本気になって取り組まないと本当の復興などありえない。

 大切な家族、友人、家、仕事、街・・・を亡くしたにもかかわらず、笑顔で生活を続けている多くの人。
 いまだに行方が知れない人を探し続けている人、それらの多くの人たちを支えるのは日本人なのです。
 
 大震災で被災された石巻や釜石、南三陸町で出会った皆さんが言われてました。
 
 『一人でも多くの人にこの惨状を知らせて下さい、そして忘れないで下さい。
  私達は頑張っていますよ』と。

東北への思い
(2011年7月)

 2011年3月11日。
 この日を強く心に刻み付けておかなくてはならないと思う。

 東北・関東
を襲った巨大地震と想像を
絶する津波。
 東日本大震災により 
甚大な被害に遭い、家族に会えない、帰る家がない 帰る町もない人達が
 いまだに数多くおられます。
 あの日出会った人達が被災され 不自由な生活を強いられている。
 テレビを見るたびに心が痛みます。合わせて起こった原発事故、
 一日も早く被災されたすべての人達に支援の手が行き届くことを願ってやみません

 幾度となく訪れた東北 親切に話しかけてくれた人達、青森・秋田・岩手・山形・宮城・福島。
 ことのほか最近訪れた三陸海岸で出会った人達と風景に思いをはせながら、
 ほんの少しでも力になれればと思います。
 今はただ、一日も早い復興を願うばかりです。
 
 この夏、宮城・岩手を歩いてきます。


野鳥写真とマナー

(2009年11月)

  野鳥写真を撮り始めて、10年を越えました。
 それぞれの季節の中で、野鳥写真を撮るようにと自分なりのテーマを決めて撮影をしています。
 とは言っても、思い通りの写真が撮れることはほとんどありません。
 お気に入りの写真と言えば、08年度に1枚、09年度は2枚しかないのです。
 どれだけの時間を浪費していることか・・・。飽きもせずに、良く出かけるものだと感心してしまいます。

 最近つくづく思うのですが、『写真』と呼べる野鳥撮影は本当に難しいと。
 これからも、マイペースで他人に左右されず思いの写真を撮っていこうと思います。
 『写真』と呼べる野鳥写真を年に1枚でも撮りたいと、強く思います。

 それにしても、3,4年から マナーの良くないカメラマンが増えました。
 人の前に入り込む人、大声を上げる人、手持ちで走り回る人、詳細な撮影場所を公開する人・・・、
 まわりの人に対しての気配り、野鳥に対しての気配り、自然への気配りのできない人が
 増えてきたようで、寂しい思いをしています。
 自分だけが良かったらそれでいいのか、強い疑念を抱いてしまいます。

 マナーを自覚して、野鳥と自然に優しい野鳥撮影を心掛けていこうと強く課していこうと思います。

写真についての思い

 (2009年10月)
 
 初めてカメラを手にして、あと少しで 40年になります。
 撮り始めた頃は、安物のカメラにモノ黒のフィルム。 
 なのにその頃の写真には、あたたかさとかぬくもりが込められていたような気がします。
 現像、プリントまでの2、3日の時間は待ち遠しくもあり、楽しみでもありました。

 近年、デジタルの一眼レフが普及、メディアも大きくなり気にすることなくシャッターを切れる。
 そして、誰もが鮮明な写真を撮れるようになったのですが、冷たい写真に思われてなりません。
 『写真は機材ありき』 と言う声も最近良く聞きます。
 でも、カメラは道具であって、撮るのは アナタ ではないのでしょうか?
 カメラが勝手にピントを合わせてくれての写真は寂し過ぎます。
 撮影者の気持や意図を伝えられない写真は、どうも写真じゃないようにも思います。

 今はそれなりの機材を使ってはいますが、高級なカメラもレンズも必要ない。
 気持ちをこめて、自分なりの構図でシャッターを切ればいい。
 少々のピン甘、ブレもそれはそれで味わいがあるように思います。

 今では、カメラマンと呼ばれるのが嫌で、写真家と呼ばれる存在になれるように
 できるだけ自分の思いを込めてシャッターを切ろうと心掛ける今日この頃です。

 一枚でも多く、多くの人の印象に残る写真が撮れれば最高です。

機  材  
 機材について聞かれることがあるのですが、カメラ・レンズは特にこだわってはいません。
 自分に無理のない重さ、価格の機材で充分だと思います。
 しっかりとファインダーをのぞき、自分の目で被写体をとらえ、
 カメラ・レンズを最大限に活用し、気持ちを込めて撮る
    ・・・ それが私の機材です。



個   展 2012年 5月  『被災地からのメッセージ 写真展』
2011年 4月  『飛形久志写真展〜安らぎの瞬間(とき)〜』
2008年 7月  『四季の翡翠(カワセミ)写真展』

写 真 展 2012年 5月  『大泉緑地周辺の野鳥たち』 写真展開催(43名の合同展)
2011年11月 『大泉緑地周辺の野鳥たち』 写真展開催(51名の合同展)
2011年 1月  『大泉緑地周辺の野鳥たち』写真展 (44名の合同展)
2009年 9月  『大泉緑地の野鳥たち』写真展 (38名の合同展) 

出   展  第65回(2011年) 堺市展
 2010年 平城遷都1300年記念 入江泰吉賞に応募
       風景写真を本格的に撮ったことで写真観が大きく変わりました
 第63回(2009年) 堺市展
 第62回(2008年) 堺市展

出   品 2012年 3月  『 祭 』(公募展)
2011年12月  『第2回ネイチャーフォト写真展』(公募展)
2011年11月  『犬の日写真展』(公募展) 
2011年 9月  『オオサカスナップ 2』(公募展)
2011年 6月  『鉄道写真展』(公募展)
2011年 4月  『言の葉写真展』(公募展)
2010年12月  『第1回ネイチャーフォト写真展』(公募展)