あなたは十二階へお登りになすったことがおありですか。

あれは一体、どこの魔法使いが建てましたものか、実に途方もない変てこれんな代物でございましたよ。

↑角川文庫「屋根裏の散歩者」収録「押絵と旅する男」より引用
 押絵と旅する男 江戸川乱歩



























 凌雲閣

明治22年12月着工、明治23年10月完成
明治23年11月13日、営業開始
高さ52メートル(66・7メートルという文献もある。測り方の違い?)
設計者 帝国大学工科大学(現・東京大学工学部)衛生工学教師  ウィリアム・カインモンド・バルトン(イギリス人)
新潟の生糸貿易商の福原庄七が、パリのエッフェル塔を真似して、高所高覧で稼ごうと考え、浅草の地元の協力を得て建設させた。

十階までが赤煉瓦造り、十一、十二階が木造の八角形の塔
八階までは、エレベートル(定員20人・今で言うエレベーター)によって1分間で到達した。
内部は螺旋階段
関東大震災(大正12年)によって八階から折れ、残骸は取り壊された。


(浅草十二階の絵葉書)

内部
(内部の詳細については、資料が少なく、また資料によって、まちまちなので、うまく纏まりませんが、何とか表にしてみました。今後、書き改めていく予定です。途中から内部の模様替えがあったようです。)

十二階 展望室※ 三十倍の望遠鏡あり .
十一階 展望室※ 閣の表裏に五十燭のアーク燈二個を吊し、かつ毎閣三個づつの電燈あり/ここにも望遠鏡があったそうである。 .
十階 展望室※ 椅子を並べていた、休憩所 .
九階 上等休憩室 美術品の陳列。楽器や電話などの飾り付け/「新聞縦覧所」も、ここにあったそうである。 .
八階 テナントの売店(世界各国の商品を売っていた) . エレベートル
(明治24年に稼働を停止)
七階 各国の売店があったのは、この七階までであったという文献もある。
六階 .
五階 .
四階 .
三階 .
二階 .二階から八階まで、46カ所の売店があり、各国から輸入した商品を売りさばいていた。
一階 演芸場

※眺望室とも言う



凌雲閣の百美人

 東京府下、百人の芸妓の写真を閣内に飾り、投票による美人コンテストが行われた。
 写真記録の残るものとしては、日本最古の美人コンテストとされている。

 1位 新橋・吾妻
 2位 新橋・小とよ
 3位 新橋・桃太郎
 4位 新橋・玉菊
 5位 柳橋・小つる    1位から4位までを、新橋勢が独占した。

 2年目のコンテストに応募し、見事2位に輝いた、お妻は、”洗い髪のお妻”と称され、有名になり、大いに男心を魅了した。

 
凌雲閣に関する参考文献

  1. 「明治不可思議堂」横田順彌著(筑摩書房)文庫版
  2. 名所探訪地図から消えた東京遺産」田中聡著(祥伝社黄金文庫)
  3. 土地の記憶浅草」山田太一編(岩波現代文庫)
  4. 「写真事件帖─明治・大正・昭和」井上光郎著(朝日ソノラマ)
  5. 「美人コンテスト百年史」井上章一著(新潮社)
  6. 「幻想文学42 ようこそ乱歩魔界へ」
        <「十二階」と「パノラマ館」 薮下明博>(オトリエOCTA)


凌雲閣を舞台にした小説


 「高塔奇譚」伊井圭著(第3回創元推理短編賞受賞作)創元推理14号1996年秋(東京創元社)
 「十二階の柩」楠木誠一郎著(講談社・ノベルス) <七四式さんよりの情報>



         尖端猟奇大パノラマ(江戸川乱歩をしのんで)