(浜寺公園 2)

惜松碑
明治6年に時の内務卿 大久保利通が伐採される浜寺の松を惜しみ一首の和歌を詠み、これが切っ掛けとなって、
この時に大久保利通が詠んだ歌碑が明治31年10月に建立され、今でも入り口付近に建っています。
音に聞く高師浜のはま松も
世のあだ波はのがれざりけり

(惜松碑)

(中央コンコースの噴水)

(レストハウス)
与謝野晶子文学碑
歌集「みだれ髪」で知られる歌人 与謝野晶子は明治11年に堺市で生まれ、少女時代から文学的才能に恵まれ
22歳のとき歌人の与謝野鉄幹と結婚し五男六女をもうけました。
歌集「みだれ髪」「小扇」「舞姫」をはじめ日露戦争の時には「君死に給うことなけれ」の長詩を発表。
やわ肌のあつき血潮にふれも見で
さびしからずや道を説く君
などの作品で、「情熱の歌人」と称されましたが、昭和17年64歳で惜しまれつつ亡くなりました。

出身地の堺には彼女の文学碑が多数ありますが
浜寺公園にも歌集「火の鳥」の中のふるさと堺
を詠んだ和歌の文学碑があります。
ふるさとの 和泉の山をきわやかに
浮けし海より朝風ぞ吹く
この与謝野晶子の文学碑は、浜寺公園の正門入って右手に惜松碑、
そして、そのやや北側に立っています。
(与謝野晶子歌碑)