(ギャラリー 1)
(おもに、民放ラジオ開局〜昭和37年頃までのベリ・カード集)
今は無き放送局
合併した放送局
編
カード画像をクリックすると実物大画面と説明が表示されます
岐阜放送

(昭和30年)
岐阜市には現在でも「岐阜放送 JOZF」という局が存在しますが、このカードの「岐阜放送」は
現在の「岐阜放送」とは全然別の局です。
カードの「岐阜放送 JOOF」は昭和30年3月10日に岐阜市に開局しました。
この局はその後、「ラジオ東海」と改称、「ラジオ三重」から改称した「近畿東海放送」と
合併してフランチャイズを名古屋市に移して現在の「東海ラジオ放送」となりました。
ラジオ三重

(昭和30年)
「ラジオ三重 JOXR」は、昭和28年12月10日に三重県津市に開局しました。
この局はその後、局名を「近畿東海放送」と改称して、「岐阜放送」の項でもふれたように
「ラジオ東海」と合併し本拠を名古屋市に移し現在の「東海ラジオ放送」となりました。
ラジオ佐世保

(昭和29年) (昭和31年)
「ラジオ佐世保 JOMF」は、昭和29年4月1日に長崎県の佐世保市に開局しました。
先発した「ラジオ長崎 JOUR」(昭和28年3月10日開局)と共に長崎県では
県南に「ラジオ長崎」、県北に「ラジオ佐世保」と
民放2局が存在するという特異な形となっていましたが、この2局が昭和29年10月に
合併して「NBC 長崎放送」となりました。
琉球放送

(昭和30年)
「琉球放送 KSAR」は、まだ沖縄県がアメリカ軍政下だった昭和29年10月1日に那覇市に
開局したラジオ局です。
この局はその後、昭和30年9月1日にはコールサイン「KSBK」という第2放送を開始して、
「KSAR」は日本語放送、「KSBK」は英語放送をおこなっていました。
やがて昭和35年6月1日にはテレビも開局して沖縄では唯一のラジオ・テレビ兼営局となり、
昭和47年の沖縄の本土復帰と共にコールサインも日本のコールサイン「JORR」となりました。
ラジオ沖縄

(昭和36年)
「ラジオ沖縄 KSDT」も、「琉球放送」と同じく、アメリカ軍政下だった昭和35年7月1日に那覇市で
開局しました。
開局当初はハワイの「コホ放送」とブラジルの「ブラジル毎日放送」という海外の日本語放送局
とネット契約を結び、沖縄と海外の邦人社会とを結ぶ国際的な番組を開発して話題を呼びました。
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懐かしのNHK