過労死民事訴訟 被災者側勝利判例bQ8

54歳ガス管溶接工脳梗塞死事件

平成14年4月15日判決言渡し 同日原本領収 裁判所書記官
平成10年(ワ)第5264号損害賠償請求事件
(口頭弁論終結日平成13年12月27日)

         判       決

大阪市平野区○○
                原告 甲野花子
大阪市平野区○○
                原告 甲野一美
大阪府松原市○○
                原告 甲野一郎
原告ら訴訟代理人弁護士 岩城 穣
         同  原野早知子
         同  村瀬謙一
         同  有村とく子
大阪市浪速区浪速東1丁目2番26号
被告株式会杜榎並工務店
同代表者代表取締役 榎並靖博
同訴訟代理人弁護士 平正博

       主      文
1 被告は、原告甲野花子に対し、金1104万4358円及びこれに対する平成10年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告甲野一美及び同甲野一郎それぞれに対し、各金552万2179円及びこれらに対する平成10年6月7日から各支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。
3 原告らのその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用はこれを5分し、その4を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
5 この判決は、第1、2項に限り、仮に執行することができる。

       事 実 及 び 理 由
第1 請求
 1 被告は、原告甲野花子に対し、金5005万3267円及びこれに対する平成10年6月7日(訴状送達の翌目)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告は、原告甲野一美及び原告甲野一郎それぞれに対し、各金2502万6633円及びこれらに対する平成10年6月7日(訴状送達の翌目)から各支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。

第2 事案の概要
   本件は、被告の従業員であった甲野太郎(以下「太郎」という。)が死亡したことに関し、太郎の相続人である原告らが、被告に対し、太郎の死亡は被告の安全配慮義務違反による過労死が原因であるとして、債務不履行に基づく損害賠償(含遅延損害金)を請求している事案である。

 1 争いのない事実等
  (1) 原告ら
    原告花子は太郎の妻、原告一美及び同一郎は太郎の子であり、太郎の死亡により同人の権利義務を相続した。
  (2) 被告
    被告は、土木工事建設設計施工、ガス配管工事請負等を目的として、昭和21年創業し、同37年に設立された資本金1億8000万円(平成5年ないし8年当時)の株式会杜であり、従業員数は、約95名である。
  (3) 太郎の経歴
    太郎は、昭和16年8月29日出生し、昭和32年3月に中学校を卒業し、同年中にアーク溶接の免許を取得し、以後は溶接工として稼働してきた。平成5年6月に当時勤務していた目豊配管工事株式会杜が倒産したため、同年9月2日、被告に溶接工として就職した。太郎は、被告のガスエ事部に配属されたが、同部署は、住友金属プランテック株式会杜(以下「住友金属プランテック」という。)から下請けしたガス管埋設工事を主たる業務としていた。
  (4) ガス管埋設工事について
   ア ガス管埋設工事は、次の工程により行われる。なお、各工程末尾の括弧内は、本来当該工程を行うことが予定されている職種である。
    @工事場所の掘削によるガス管の露出作業(土工)
    A取り付けるガス管の加工、変形及び接合部の調整(鉄工)
    Bガス管の接続部の溶接作業(溶接工)
    Cガス管の溶接接合部位の防蝕処理作業(鉄工)
    D道路掘削箇所の埋め戻し及び仮舗装作業(土工)
   イ 被告が住友金属プランテックから下請けしていたのは、上記AないしCの作業であり、被告では鉄工と溶接工がペアとなって、その作業に当たっていた。
  (5) 太郎の死亡
    太郎は、平成8年5月25日午前10時40分ころ、溶接作業中に脳梗塞を発症し、同月29日、入院先の山本第3病院において脳梗塞が原因で死亡した(当時54歳)。

 2 争点
  (1) 太郎の業務と死亡の間には相当因果関係があるか。
  (2) 被告は安全配慮義務に違反したか。
  (3) 損害額

 3 争点に関する当事者の主張
  (1) 争点1(太郎の業務と死亡の間には相当因果関係があるか。)について
   【原告らの主張】
   ア 太郎の業務の実態
    (ア) 溶接作業等それ自体の加重性(ママ)
      a 作業内容自体の要集中度、緊張度の高さ
        ガス管溶接作業は、アーク溶接という溶接方法で行われるが、アーク溶接は、溶接棒に流れる電流を調節するためのリモコン装置を左手に持って、高温の溶接棒を挟むためのホルダーを右手に持って行われる。そして、溶接の対象となる鋼管は、直径300o、400o、600oのものが多いが、1つの鋼管を溶接するのにかかる時剛=よ、400m管で約1時間、600o管では2人がかりでも約2時間を要し、手元が微妙に狂うとやり直す必要がある非常に神経を使う繊細な作業である。また、この溶接作業の後には、ガス管のレントゲン検査が行われ、1o、2oの大きさの穴が3箇所ほどあると、検査不合格となり、その部分の溶接をやり直す必要が生じる。やり直し作業は、1時間ないし3時間かかるが、ガス管溶接工事現場は、一般的には道路上であるため、時間が限定されて工事が許可されており、やり直しになると、溶接作業の後に作業を控えている鉄工や土工に迷惑をかけることになる。また、この検査に関する成績は住友金属プランテックが管理しており、誰が何回の不合格を発生させたかが分かるようなっている。
        このように、ガス管溶接作業は、綾密な作業であるとともに、責任が重く、ミスが許されない作業である。

      b 劣悪な作業環境による疲労度の高さ
        ガス管溶接作業は、深く掘り下げた地下の溝の中で行われるが、ガス管の周囲に余裕のあるスペースは確保されておらず、窮屈な溝の中で、苦しい姿勢での作業を強いられる。また、地下水やヘドロで、足下はぬかるんでおり、足を取られた中で溶接作業を行う必要がある。
        また、ガス管溶接では、1500℃ぐらいになる溶接棒を使用するので、現場はかなり高温多湿となるが、火傷を防止するため、長袖の分厚い作業服を着て、腕カバーと手袋をして作業をしなければならない。

      c 作業の危険性による緊張度・疲労度の増大
        アーク溶接では、高電圧の電流を使用するため、漏電による感電の危険性があり(特に雨の目や水浸しでの作業時)、作業服が燃え出し火傷を負う危険がある。
        溶接後に溶接面の研磨作業を行う際にはグラインダーを使用するが、振動するグラインダーを常に鋼管の面にあわせるように支えていなけれぱならず、短時間であってもかなりの疲労を伴う作業であり、振動に耐えきれずにグラインダーが鋼管の面からはじかれたりすると、回転するグラインダーの刃で受傷する危険がある。また、グラインダーの使用中は、保護めがねをつけているが、それでも鉄粉が目に刺さる危険性がある。

      d 以上のように、太郎が従事していたガス管溶接作業は、綴密な作業を、検査で不合格となることの重圧の中、窮屈なところで苦しい姿勢をとりながら、高温多湿の中で、感電、火傷、受傷等様々な危険に注意しながら、連続して集中的に行わなけれぱならないので、大変な重労働である。

    (イ) 昼間の通常勤務の内容
      昼間の通常勤務の場合、午前8時には作業員が全員出杜して、着替え、作業の準備、内作の作業をし、午前8時30分に現場に向けて出発していた。太郎は、自動車通勤で渋滞を避ける意味もあり、午前7時には出社していたが、これには、強い集中を要する疲労度の高い業務の前に、余計な疲労を貯めないようにするという配慮もあったはずである。
      現場への行き帰りは太郎が自動車を運転していた。平成7年から平成8年の前半にかけては、阪神大震災で倒壊した高速道路が復旧しておらず、渋滞が常態となっていたため、神戸方面に行くときには、現場まで2、3時間もかかることがあった。自動車の運転は、それだけでも事故のないよう注意力を強いられる業務であり、強い集中と疲労を要求される溶接作業の前後に自動車運転の負担を負っていたことは、太郎の疲労を大きく増大させていたと考えられる。
      現場でのガス管溶接作業は、上記(ア)記載のとおり、大変な重労働であるが、溶接工は溶接だけでなく、本来は鉄工や土工の仕事である作業を手伝ったりした。このため、実際には、現場で何もせずに待っている時間はほとんどなく、常に何らかの作業をしている状態であった。
      現場での溶接作業が終わり会杜に帰杜した後も、現場から持ち帰ったごみを片付けたり、翌日現場で使用する道具や品物をトラックに積むなどの段取りをするなどして、ほとんど毎日、定時である午後5時まで会杜にいてから帰宅していた。

    (ウ) 夜間・不規則・昼夜勤務連続の加重性(ママ)
      a 夜間勤務について
        被告の業務は、路上でのガス管の取替作業であるところ、交通量の多い日中の作業にはどうしても限界があることから、業務の性質上、夜勤は避けられないものであり、現実に、太郎も恒常的に夜勤をしていたし、たびたび日勤と夜勤の連続業務をこなしていた。
        夜勤の場合、人間の本来の生体リズムに反する行動をとることになるため、その分疲労の蓄積は大きくなる。特に、太郎が行っていた溶接作業は、強度の緊張・集中を要求され、しかも劣悪な環境の中で危険を伴う業務である。このような業務を日中よりも集中力が落ちる夜間に、真っ暗な中、投光機の光と熱にさらされ、手元が見えにくいという、日中よりもさらに劣悪な環境の中で行うことは、より大きな疲労感をもたらすことになる。しかも、太郎は、夜勤の場合にも、日勤同様、現場への行き帰りの自動車運転の役割を負っており、疲労度の高い業務の前後に運転をしなければならないことは、疲労感を大きく加重するものであった。

      b 不規則勤務について
        溶接工がいないと工事が非常に困難となるが、被告には溶接工が3名しかいなかったため、自ら休暇を取ることが困難であり、基本的には、被告から定められた休日しか休めない上、被告においては、休日そのものが少なく、休みの予定の変更も多かった。
        また、被告の業務の内容上、ガス漏れ等で突然工事が入ることもあり、勤務が不規則となりがちであった。その上、被告での勤務予定の管理は、土曜日に次々週の月曜日までの予定が分かるというものであり、そのときにならなければ、休みが分からない状況にあったため、太郎にはいつ休めるか分からないこと、疲労を感じていても休めないことによる恒常的な疲労感が蓄積していった。

      c 昼夜・昼夜昼連続勤務の加重性(ママ)
        太郎の勤務は、昼間勤務と夜間勤務が連続する場合があったが、その場合、家に帰れるときでも家にいられる時間は2、3時間で、疲労を十分いやせる程度に休養をとることはできない。会杜の仮眠室で待機することもあるが、3畳程度の仮眠室でごろごろすることができるぐらいである。現場待機の場合は、車の中で待機することが多かった。

    (エ) 発症直前(平成8年3月から5月まで)の業務の加重性
      a 平成7年1月17日の阪神大震災を契機に、ガス管をガス漏れが起きにくい構造のものに交換するという作業が行われていたが、その作業が平成8年3月ころから大阪においても本格化した。そのころから太郎の労働時間は極めて長くなり、太郎は異常なまでの長時間労働を強いられていた。なお、太郎の労働時間については、太郎の就労表(甲10の1ないし20)に基づいて把握されるべきである。
        夜勤の回数は、平成8年1月、2月は、それぞれ1回と3回であったところ、3月は7回、4月は5回、5月は7回と著しく増加している。また、昼夜連続勤務の回数も、平成8年1、2月は、それぞれ1回と2回であったところ、3月は5回、4月は4回、5月は6回とこれまた著しく増加している。さらに、昼夜昼の3連続勤務は、平成8年1、2月は1度もなかったところ、3月は2回、4月は1回、5月は1回と増えている。これらの勤務回数は、同僚と比較しても格段に多いものであった。
        4月中旬以降の休目は5月8日、20日、24日のわずか3日間しかなく、とりわけ4月15日から5月7日までの23日間は、夜勤明けを除いて、太郎には暦日上の休日は全くなかった。その後、5月8日に有給休暇をとっているが、再び5月9日から19日までの間、被災者は1日の休みもなく勤務した。
 このような勤務の結果、太郎の時間外労働時間は、1か月当たり50時間を上回り、特に発症前1か月間は77.6時間にも達しており、このことに、昼夜連続、昼夜昼連続勤務といった不規則・長時間・深夜勤務が多く、休日をまともにとることができなかったこと、太郎の業務が日常的に精神的緊張を伴う業務で'あったことからすると、太郎は過重な業務に従事していたというべきである。

      b 発症前目から1週間の業務の過重性
        5月18日 出杜7時。昼勤務8時から午後5時。夜勤午後8時から翌午前4時。帰宅     後睡眠約1時間。帰宅後頭痛、じんましん、首の痛みなどを訴えていた。
        5月19日 出社7時。昼勤務8時から午後5時。
        5月20日 有給休暇。家で終日ぐったりしていた。
        5月21日 出社7時。昼勤務8時から午後5時。夜勤午後8時から翌午前5時。
        5月22日 夜勤明け。じんましんのため山縣医院を受診。夜勤午後8時から翌午前5 時。この際、太郎はグラインダーを使用しての作業中、鉄粉が目に突き刺さる事故にあった。
        5月23日 夜勤明け。同日は近所にあるかかりつけの眼科が休みであったことと疲労のため眼科の診察を受けることができず、1日中ぐったりしていたが、目の痛みのためほとんど眠れなかった。
        5月24日 有給休暇。かかりつけの眼科を受診したが、鉄粉は深層角膜に達しており、この日の夜も痛みでほとんど眠れなかった。この2日間にわたるほとんど不眠の状態が、度重なる連続勤務によりる蓄積疲労が全く回復されない状態に追い打ちをかけた。
        このような最悪の状態にも関わらず、太郎は無理を押して5月25日出勤し、午前10持40分ころ、現場で脳梗塞を発症しているのであるから、発症前日から1週間の業務に限ってみても、太郎の業務は過重であったというべきである。

   イ 太郎の業務と死亡との因果関係
     上記アのとおり、太郎は、悪い労働環境の下で肉体的・精神的負担の大きい溶接作業を行っており、しかも、その拘束時間・業務時間は著しく長く、夜勤等を伴う不規則な勤務であり、太郎が疲労が回復しにくいといわれる中高年齢層であることも加味すれば、太郎は、被告における業務により疲労が蓄積するとともに、蓄積した疲労が回復しにくい状況となっていったということができる。このように、太郎が、死亡前に、業務によって強度の過労・ストレスにさらされた状態にあったことは疑いがないが、このような強度の過労・ストレスは、血流の乱れを起こし、血液の粘性を高め、動脈硬化を促す点において、脳梗塞の重大な発症促進要因として作用するものであり、太郎の業務と脳梗塞発症さらにはそれによる死亡との因果関係は明らかである。
     太郎に心房細動の疾患があったかどうかは必ずしも明らかではないが、仮に太郎が心房細動を有していたとしても、予後が良好とされる一過性のものと見るべきであり、万一、これを基礎疾患として脳塞栓を発症したのだとしても、太郎の死亡前の業務遂行状況の加重性にかんがみれぱ、過労・ストレスが脳塞栓発症の重大な促進要因として作用した結果、自然的な経過を超えて基礎疾患が増悪され、脳梗塞の発症をもたらしたことは疑いない。なお、太郎は、バランスのとれた食生活を送っており、脳梗塞の最大のリスクとされる高血圧はなかったし、糖尿病でもなかった。高脂血症はあったとしても軽度であり、喫煙の影響は、長年に及んで喫煙しており無視することができる。中性脂肪については、食事の影響も受けやすく、故人でも日差の大きい検査である上、太郎の場合、動脈硬化と最も密接な関連をもつとされている総コレステローノレ値は正常で、善玉コレステロールといわれるHDLコレステロール値も正常であるから、中性脂肪の値を重大な基礎疾病として問題にすべきではない。また、太郎の飲酒量は、平成7年7月以前において、夏はビール大瓶2本、冬なら日本酒1〜2合とビール1本程度で、週に2回は酒を飲まなかったところ、平成7年7月以降は更に飲酒量が減り、1日当たり日本酒1合とビール中瓶1本程度であったから、太郎の飲酒量をリスクとして評価すべきでない。

   【被告の主張】
   ア 太郎の業務の実態
     被告は.日豊配管工事株式会杜が平成5年9月ころに倒産したことにより、同社が住友金属プランテックから請け負っていたガス管の溶接及び防蝕等の工事を、日豊配管工事株式会杜で働いていた鉄工及び溶接工を被告に入社させて下請けすることとしたのであり、太郎の被告における溶接工としての就業は日豊配管工事株式会杜における就業形態と変わることはなかつた。
     太郎の業務は、ガス管の溶接であり、その作業は、「内作」と呼ばれる作業所における溶接作業と工事現場におけるガス管の溶接作業からなっている。そして、工事現場においては、工事現場の掘削、溶接前のガス管の調整、溶接後のガス管の防蝕、埋め戻し及び仮舗装は他の作業員の業務であって、太郎は、ガス管の溶接作業にのみ携わっていたのであるから、太郎の就労時間は、太郎が溶接したガス管の種類と本数が判明する溶接士個人管理表(甲11の1ないし9)に基づくべきである。なお、太郎の就労表(甲10の1ないし20)は、太郎の給料計算のための出勤表というべきものであって、就労時間または労働時間を記載する目的で作成されたものではないから、これをもって、太郎の労働時間の長短を論じるのは間違いである。
     被告においては、昼間勤務の出勤時間は一応午前8時30分であったが、現場での溶接工の作業の開始は、現場における土工の掘削後であるから、溶接工は、そのときまでに現場へ行けばよく、溶接作業が終了すれば自由に帰宅することもでき、被告が午後5時まで溶接工を拘束したことはなかった。また、夜間勤務の場合には、工事現場の掘削開始時間が所轄警察署長の工事許可条件により午後8時以降となるが、昼間勤務の場合同様、太郎は必ずしも工事許可条件による作業開始時間までに作業現場に行く必要はなく、また、溶接作業が終了すれば、その時点で太郎は自由に帰宅できたのであり、太郎が作業開始時間までに工事現場に行き、かつ土工による埋め戻し及び仮舗装の終了時まで工事現場にいたとしても、それは、被告が拘束したものではない。
     また、太郎の夜勤は他の同僚等と比較して多いということはできず、また、概ね1週間に1回は確実に休暇をとっており、昼・夜就業の翌日も休暇をとっていたことに加え、雨天中止、待機等溶接作業のない日もあったのである。

   イ 太郎の業務と死亡との間の相当因果関係
     脳梗塞は、成人病といわれる病気であって脳卒中の3分の2を占めており、その発症のリスクファクターとしては、年齢・性別・人種・遺伝的要因など避けられないファクターの他に、高血圧・心疾患・糖尿病・高脂血症・喫煙・飲酒・一過性脳虚血発作・主観動脈狭窄病変、その他各種凝固線溶系の異常、抗りん脂質抗体、ホモシスチン尿症、血液疾患、血管炎、高尿酸血症等がある。
     太郎の脳梗塞は、右内頸動脈が閉塞されており、不整脈、特に弁疾患を伴わない心房細動が原因となる心原性塞栓症の可能性があるが、.太郎は平成6年3月3日の検診結果通知票における心電図所見でST−T異常、左室肥大とされ、平成7年7月7日の検診結果通知票における心電図所見で、心房細動・ST−T異常とされた上、不整脈と診断されていたのであるから、心原性塞栓症の主な原因となる症状を有していたのである。さらに、太郎は高尿酸血症であったとともに、中性脂肪値が高値であり、多量の飲酒をしていたのであるから、動脈硬化や血栓形成の増悪因子をも有していたのである。
     他方、太郎の作業時間はガス管の接続部の溶接作業に要する時間のみであって、その時間は他の溶接工と同程度であり、太郎についてのみ特に過重であったということはなかった。
     これらのことからすると、太郎の脳梗塞の発症原因は、心房細動により形成された血栓が右内頸動脈を閉塞したことにあるというべきであり、太郎の業務と死亡との間に相当因果関係はないというべきである。

  (2) 争点2(被告は安全配慮義務に違反したか。)について
   【原告らの主張】
   ア 太郎の担当業務は、前記のとおり、過酷なものであるから、雇用者である被告としては、被用者である太郎の健康を損なわないよう、労働時間、労働日数につき配慮し、十分に休息を与えるべき安全配慮義務を負っていた。しかるに、被告は、平成8年ころ、1か月単位の変形労働時間制を採用していたが、労働基準法を無視して、勤務の具体的日程を1週間単位で決め、時間外労働・休日労働についての労使協定も締結することなく、太郎に対し、それ自体が非常に疲労度の高いガス管溶接業務を、深夜・不規則・昼夜連続で長年にわたり行わせ続けてきた。とりわけ、平成8年3月以降、太郎の業務は飛躍的に過重になってゆき、太郎は明らかに体の変調を来すに至り、さらには、目の怪我による激しい痛みと二日間にわたる不眠により疲労困憊状態に陥っていたにもかかわらず、被告は、発症当日まで、何らの配慮も調整措置もとらないまま、過重業務に従事させ続けた。また、被告は、溶接工について予備要員を全く確保せず、そのため、人員の余裕が全くなかった。にもかかわらず、被告は、元請である住友金属プランテックから工事の指示があれぱ、それはすべて応じ、しかも、その作業配置は、溶接工が参加しない打合せにおいて決められていた。その結果、太郎は計画的に休日を敢得することができず、また仮に体調が悪くても休めない、突発的な出勤にも応じざるを得ないという形で業務に従事させられた。
     したがって、被告の安全配慮義務違反は明らかである。

   イ 太郎が勤務する被告本社は、産業医を選任し、健康診断の実施及びその結果に基づく労働者の健康を保持するための措置に関すること等を行わせなけれぱならないとされていたところ(労働安全衛生法13条1項、労働安全衛生法施行令5条、労働安全衛生規則14条1項)、産業医を選任していなかった。また、被告本社には労働者の健康障害を防止するための基本となるべき対策に関することなどを調査審議すべき安全衛生委員会(労働安全衛生法18条1項、19条1項)が設置されていたが、同委員会では長時間労働による健康被害の防止については何ら調査審議されていなかった。また、被告本杜には労働者の健康障害を防止するためなどの技術的事項を管理すべき衛生管理者(労働安全衛生法12条1項、10条1項)が設置されていたが、同管理者が労働者の健康障害を防止するための措置を講じたことはなかった。被告は、年1回健康診断を実施していたようであるが、本来夜勤を行う労働者に対しては年2回以上の健康診断が義務づけられており、太郎の健康状態を把握するための最低限の義務である健康診断すら極めて不十分にしか実施していなかった。また、被告は、健康診断の結果に基づき、当該労働者の健康を保持するために必要な措置について医師の意見を聞き、必要があると認めるときは、当該労働者め実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮等の措置を講ずるなどして、労働者の健康管理を適切に講じなければならなかったが(労働安全衛生法66条の2、66条の3、健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針)、被告は、各年の健康診断の結果に基づいて、医師の意見を聴取したことはなかった。
     このように被告は、長時間、不規則労働による健康障害防止のために何らの措置も講じていなかったのであるから、被告の安全配慮義務違反は明らかである。

   【被告の主張】
    被告において、産業医を選任しておらず、安全衛生委員会が労働者の健康障害について調査審議したことがなかったこと及び衛生管理者が労働者の健康障害を防止するための措置を講じたことがなかったことは認める。
    しかし、被告においては、従業員に対し健康診断を義務づけ、その診療結果を被告に提出させていたところ、太郎は飲酒が好きだったので、その節制を指示するとともに、再診の必要があるものは同診療所から再診の通知があり、そのような場合には、再診の指示をするとともに、太郎には血液検査の受診をするよう指示していた。このように被告においては、受診を勧めこそすれ太郎の治療及ぴ受診を妨げる言動をしたことはない。なお、健康診断の結果に基づいて被告として医師の意見を聴取したことがなかったことは認める。また、被告は、植田主任が太郎に就労する作業現場の指示をしていたが、太郎から頭痛やじんましんが出ているとの訴えを聞いたことはなく、太郎からそのような訴えを受けていれば、被告としては休養なり、病院での加療を指示していたはずである。

  (3) 争点3(損害額)について
   【原告らの主張】
   ア 治療費     9万8030円
   イ 入院雑費      6500円
   ウ 葬祭料    150万円
   エ 逸失利益   4850万2005円
    (ア) 基礎収入    705万5145円
    (イ) 生活費控除率       30%
    (ウ)労働可能期間      13年
    (エ)中間利息控除9.821(就労可能年数13年の新ホフマン係数)
   オ 死亡慰謝料  5000万円
     太郎は、被告の指示により極度に過重な労働を強いられ、その労働をついには過労死に至るまで継続させられたのであるから、被告の安全配慮義務違反の程度は著しく大きく、太郎の精神的苦痛及び太郎を失った原告らの精神的苦痛を慰謝するには、少なくとも金5000万円の支払が必要である。

   【被告の主張】
    原告ら主張の損害額は否認する。

第3 争点に対する判断
 1 太郎の業務の実態
   証拠(甲2、3の2、7の1ないし3、9の1ないし71、10の1ないし20、11の1ないし19、12、15、乙1、4の1・2、7、17、18、24、証人山口勉、同高山圭右、同植田昌弘、原告花子本人)及び弁論の全趣旨によれば、太郎の業務の実態は、次のとおりであったと認められる。
  (1) 溶接作業について
    太郎が行っていたガス管の溶接は、アーク溶接という電気溶接の一種で、アーク放電の熱で溶接棒を溶かしてガス管同士を接合するものである。溶接作業は、溶接棒に流す電流を調節するリモコンを左手で操作しながら、右手で溶接棒を挟んだホルダーを持って行われる。具体的には、うらなみ溶接棒でガス管同士を接合し、ベビーサンダーという1sくらいの重さのグラインダーでガス管の表面が滑らかになるよう、盛り上がった部分を削り、仕上溶接棒でガス管同士を接合する。この仕上溶接棒による溶接を行う回数は、ガス管の厚さによって異なり、直径400o以上のガス管の場合には、3〜4回仕上溶接棒による溶接を繰り返すことになる。
    ガス管の溶接作業には、被告の敷地内に設けられている作業ヤードや工事現場近傍に設けられた場所で行う内作作業と、工事現場の掘削した穴の中で行う現場作業とがあった。現場作業は掘削した穴の中で行うため、掘削した壁とガス管との間が4、50cm程度しかない狭い作業スペースで溶接作業をしなけれぱならない上、穴の中が水でぬかるんでしまっていたり、電気や水道等の障害物があったりする場合もあり、溶接作業を遂行するのにかなりの身体的負担を強いられるものであった。特に、ガス管の下の部分を溶接するときには、右手に溶接棒を挟むホルダーを持ち、左手でリモコンのダイヤル操作をしながら、頭が穴の底につく程度にまで体を曲げて、下から上をのぞき込むといった無理のある姿勢で溶接する必要があった。また、溶接作業によって掘削した穴の中は気温が高くなるが、溶けた溶接棒で火傷するのを防止するため、溶接工は、厚めの作業服を着てその上に腕カバーを付けて溶接作業に当たらねぱならず、冬場を除けば高温多湿の環境での作業となっていた。このような作業環境のもと、太郎ら溶接工は、作業服を着用しているとはいえ軽い火傷を負う危険があり、そのことに注意をする必要があるとともに、ぬかるんだ穴の中での作業の場合には、高電圧の電気を使用するため漏電にも注意する必要があった。
    そして、ガス管の溶接は、手作業であるにもかかわらず、その性質上o単位の精度が要求されており、ガス管に加わる圧力が3s以上のガス管(高圧管及び中圧管の一部)については、溶接後レントゲン検査が行われ、溶接箇所がガス管の内面側先端から上に2o以上あがつていたり、溶接箇所に1o程度の空洞ができたりする小さな欠陥が3箇所以上見つかると、検査不合格となり、溶接をやり直さなければならなかった。溶接のやり直しになると4、50分程度作業時間が延びるため、溶接工の作業負担が増加するだけでなく、ガス管埋設工事は道路を掘削しての工事が多く工事全体の時間が予め決められているため、その後の鉄工や土工の作業にしわ寄せが行くことになり、また、被告が実施していたガス管埋設工事の元請会杜である住友金属プランテックでは溶接士毎に検査成績の統計をとっていたことから、太郎ら溶接工は、検査不合格とならないよう、細心の注意を払って溶接作業に当たっていた。
    その結果、太郎が検査不合格となることはほとんどなかった。
    被告ガスエ事部では、太郎が勤務していた当時、3名の鉄工(野村直、長谷川博、高山圭右)と3名の溶接工(中筋某<中筋退職後は住友金属プランテック株式会杜からの出向者である冨田某>、山口勉、太郎)が実際の作業に当たっており、鉄工1名と溶接工1名とがペアを組む3班体制となっていて、太郎は平成6年12月以降、鉄工の高山とペアを組んでいた。

  (2) 被告における労働形態
   ア 昼間作業の場合
    (ア) 就業開始時刻は午前8時30分であったが、約30分かけて自動車通勤をしていた太郎は車両の混雑を避けるため遅くとも午前8時には出社し、現場作業が行われる場合には、荷物を車に積んだり、溶接に使う発電機に燃料を補充したりした後、鉄工の高山と共に太郎運転の車で現場へ向かって行った。現場到着後、土工による掘削作業が終了している場合には、高山が取り付けるガス管の加工、変形及び接合部の調整を行ったが、その間、太郎もグラインダーによる研磨作業など適宜高山の作業を手伝っていた。その後、太郎は、ガス管の接続部の溶接作業を行い、それが終わると、高山がガス管の溶接接合部位の防蝕処理作業を行ったが、太郎も高山の作業を手伝っていた。これら鉄工と溶接工め作業が終了すると、太郎と高山は、再び太郎運転の車で被告事務所に帰って行った。被告に帰社後、太郎は、作業の後片づけやゴミ出しをした後、時間があれぱ、翌目の作業の準備などをしたりして、原則として午後5時になると退社していた。なお、勤務当目、溶接作業がない場合であっても、太郎は適宜鉄工等の作業を手伝っていた。
    (イ) 被告は、昼間作業が行われる場合の労働時間に関し、太郎は、ガス管の溶接作業にのみ携わっていたのであるから、溶接作業に要した時間のみを労働時間と評価すべきと主張するとともに、太郎の就労表(甲10の1ないし20)は、太郎の給料計算のための出勤表というべきものであるから、これをもって、太郎の労働時間を見るべきではないと主張する。
       しかしながら、太郎は、被告において、純粋に溶接作業のみを行っていたものではなく、溶接作業を行うための準備、太郎とペアを組んでいた鉄工の作業の手伝い等だけでなく、被告と作業現場間の移動のための自動車運転なども行っていたのであり、それらが全体として、太郎の被告における労働の内容を構成していたといえるのであるから、それらも含めて要した時間をもって、太郎の被告における労働時間と評価すべきである。また、証拠(甲7の1ないし3、甲10の1ないし20)によれぱ、太郎の給料は、出勤回数、昼間作業と夜間作業の連続勤務の回数、雨天中止になった場合の回数等が判明すれば、細かい労働時間が判明しなくとも計算することが可能になると認められるのであるが、証拠(甲10の1ないし20、証人高山)によれば、太郎の就労表は、その日の作業毎にペアを組んだ鉄工が記載しており、例えば夜間作業の場合には、昼間作業からそのまま夜間作業を続行する場合には、その開始時間を17時からとし、そうでない場合には、その開始時間を20時からとし、その終了時間は1時間単位で、その毎日の作業毎に異なる終了時間が具体的に記載されており、また、昼間作業の場合の勤務開始時間も中には午前7時からと記載されているものや、終業時間が午後5時を超える日もあるのであって、このような就労表の記載からすると、就労表は、太郎の労働時間を少なくとも1時間単位で具体的に記載したものと認められる。そして、太郎の就労表によると、昼間作業の場合の終業時刻はほとんどが午後5時と記載されているが、被告の就業規則(乙4の1)上、本杜勤務者の始業、就業時間は、8時30分始業、17時30分終業とされていたのであるから、終業時刻のほとんどが午後5時と記載されているのは、実際にそうであったからと認められる。
       証拠(証人高山、同植田)によれば、溶接士個人管理表(甲11の1ないし19)は、ガス管埋設工事の元請である住友金属プランテックに溶接士毎の作業内容を明らかにするために作成され、同社に提出されるものであるから、その書面の性質上、溶接士としての本来の業務内容の主なものを正確に記載したものと認められるけれども、同表には、本来、溶接工の仕事とはされていない仕事も記載されているだけでなく、前に判示したとおり、太郎は純粋に溶接の準備行為を含めた溶接工の仕事だけをしていたのではなく、ペアとなっている高山の仕事も手が空いているときには適宜手伝い、更には運転行為なども行っており、そのような太郎の手伝等は被告の包括的な指示・命令に基づくものであったと認められる。

   イ 夜間作業の場合
     ガス管埋設工事は道路を掘削して行われることが多い関係上、太郎は、昼間作業の他に、夜間作業に従事することがあった。夜間作業の作業内容は、昼間作業と同じであるが、投光機の明かりの下で作業を行う必要があるため、前記のような精密な作業が要求される溶接作業を遂行するには、昼間作業以上に疲労が増大するものであった。夜間作業は、午後8時に被告事務所に出勤して夜間作業を行う場合と、昼間作業から現場に居続けて夜間作業を行う場合とがあった。午後8時に被告事務所に出勤して夜間作業を行う場合であっても、直前の午後5時まで昼間作業に従事している場合があり、そのような場合には、会社の3畳程度の仮眠室で休憩をとったり、帰宅して1、2時間程度休憩をとった後、夜間作業に従事したこともあった。なお、夜間作業の時の勤務時間についても、前記ア同様、就労表に基づくべきである。
     そして、太郎の死亡前の業務においては、平成8年1月から5月25日に脳梗塞を発症するまでに23回の夜間作業があり、そのうち19回が同年3月から5月の間のものであり、中でも発症前1か月の間に10回の夜間作業が集中している(別紙勤務時間表)。

   ウ スケジュールの決定について
     被告のガス管埋設工事は、専ら、大阪ガスを施主とする住友金属プランテックの下請であったが、被告ガスエ事部の主任である植田が、住友金属プランテックとの交渉・打合せを担当し、下請けすることになった工事日程・内容を鉄工の野村及び長谷川に連絡し、これら3名で、鉄工と溶接工のペアそれぞれに対する仕事の割り振りを行った。なお、植田は住友金属プランテックからの発注にはすべて応じてきており、野村と長谷川の調整において、班毎の夜間作業や連続勤務の負担割合の公平を図ったりすることはなかった。このため、太郎が脳塞栓を発症した直前1か月間の夜間作業と連続勤務は、太郎が10回(前記イ)と8回(後記(3)エ)であるのに対し、溶接工であった山口勉は7回と6回となっている(乙19の19)。
     植田は、この調整の結果決まる鉄工及び溶接工の作業予定の結果を週間予定表(甲9の1ないし71)に記載し、その週間予定表に基づき、野村が、毎週月曜日に、被告事務所のホワイトボードに、翌週月曜日までの予定を記入して、他の鉄工や溶接工に対し、勤務日や勤務内容の予定を伝達していた。もっとも、雨のため作業がずれ込んだり、掘削して予想外の障害物が出てきたときに急に内作をしなければならなくなったり、ガス漏れで予定外の工事が発生することはあった。また、週間予定表と溶接士個人管理表(甲11の1ないし19)や就労表(甲10の1ないし20)とを比較すると、太郎の週間予定表には何ら記載されていないものの溶接士個人管理表や就労表によればその日作業を行っている日があること、週間予定表と溶接士個人管理表の作業内容とが食い違っている日があること、週間予定表自体にも、いったん記載した予定が抹消され、新たな予定が記載されていたり、翌週月曜日の予定が翌週の週間予定表では変更されている場合もあったりすることからすると、1週間の予定が発表される月曜日には、まだ翌週月曜日までの予定が決まっていなかったり、いったん伝達された予定が週途中で変更されることもあったと認められる。
     週間予定表の記載と溶接士個人管理表とが食い違っているものを平成8年1月以降について具体的に見ると、別紙スケジュール表のとおりであることが認められ、同表によれば、食い違いが生じているのは、土曜日、日曜日及び翌週月曜日が全体の3分の2を占めており、溶接工らに対し1週間の予定を発表する月曜日の段階では、その週の後半以降の予定は不確実なことが多かったと認められる。また、同表には、週間予定表には休暇と記入されていないものの、現実には太郎が休暇を取った日が相当数あるが、後記のとおり、太郎の休日数が決して多くはないことからすると、太郎がいつ休暇を取るかということは、休暇を取る数日前にならなければ判明しなかったことが多かったと認められる。
     被告においては、平成8年5月ころ当時は1か月単位の変形労働時間制を採用していたのであるから、被告の上記取扱いは、各変形対象期間開始の30日前には労働日ごとの労働時間を決定しなければならないとする労働基準法32条の4の規定に違背している。

   エ 休日について
     前記のとおり、ガス管埋設工事は、土工、鉄工及び溶接工の共同作業であり、資格がなければアーク溶接はできないことから、溶接工が休むと作業全体が中断してしまう。したがって、いったん工事の予定が入ると、太郎が急に休んだりすることはできないのが実情であった。また、上記のとおり、太郎の休日は、規則的なものではない上、いつ休めるかということも、その数日前にならないと分からないことが多かったということができる。なお、休日とは異なるが、太郎の業務の性質上、雨天の場合には作業が中止となることがあった。

  (3) 太郎の勤務時間等について
   ア 勤務時間
     前記(2)ア認定のとおり、太郎の勤務時間は、原則として太郎の就労表(甲10の1ないし20)によって把握すべきであるが、これを各月毎に整理し、まとめた上で、1週間当たり40時間を超える労働時間(以下「時間外労働時間」という。)を計算すると、別紙勤務時間表のとおりとなる(昼間作業については休憩を1時間とし、昼間作業の始業時刻については、就労表上、午前8時から勤務しているとされているものは、午前8時からの出社が被告の指揮・命令に基づくものとまでは認めがたいので、就業規則に従い午前8時30分から計算し〈ただし、前日からの夜間作業が午前8時に終了している平成7年2月21日の日勤の始業時刻は午前8時からとした。>、就労表上、午前8時とは異なる時刻から勤務しているとされているものは、工事の都合上そのような出勤をしたと推認されるから、就労表の記載に従った。)。同表からすると、太郎の勤務時間は、平成6年11月以降太郎が脳梗塞を発症する平成8年5月までの約19か月間にわたり、時間外労働時間が1か月当たりおおよそ40時間であったと認められる。そして、このような長期にわたり、このような太郎の勤務が常態化していたことからすれぱ、就労表が証拠として提出されていない平成6年10月以前についても、同様の勤務が行われていたものと推認することができ、結局、太郎は、被告に勤務し始めた平成5年9月以降、約2年9か月の長期にわたり、時間外労働時間が平均して1か月当たりおおよそ40時間を超過する業務に従事していたものと認められる。また、太郎が脳梗塞を発症した平成8年5月25日の直前1か月(同年4月25日から同年5月24日まで。以下同じ。)を見ると、その労働時間は、242.5時間に達しており、時間外労働時間が約71.5時間であったと認められる。なお、被告は、ガス工事部門におけるこれらの時間外及び休日労働について、三六協定を締結することなく従業員に稼働させていた。

   イ 作業現場について
     太郎の溶接作業は、内作作業と現場作業とがあり、特に現場作業における溶接は、内作作業と比較すると作業環境が悪く、肉体的・精神的負担のかかるものであったところ、平成6年11月以降の内作作業数と現場作業数は、別紙内作・現場比較表のとおりとなる。同表からすると、現場作業は、太郎の溶接作業全体の6割を超えるものであったことが認められる。

   ウ 溶接時間
     太郎が従事していた業務のうち、もっとも精神的・肉体的負担がかかる業務は溶接作業であるところ、証拠(甲11の1ないし19、甲12、乙17、24、証人高山、同山口)によれば、平成7年1月の阪神淡路大震災によって、ガス管同士をボルトで連結していたものが多数破損したため、その後ボルトに代えて溶接することとなり、ガス管の溶接工事の需要が増えていったこと、太郎が平成6年11月以降従事した溶接時間は、おおよそ別紙溶接時間表のとおりであったことが認められる(なお、同表の形式は、溶接士個人管理表記載の表を参考としており、1枚目の左上の表は、各溶接作業の1R(リング)当たりの時間数を記載した表である。また、直径100o以下の本溶接時間は20分とし、直径800oの本溶接時間は220分、スリーブ溶接時間は300分とし、鞘管溶接の時間は本溶接と同じ程度、雑溶接の溶接時間は各本溶接時間の半分程度として計算している。)。同表からすると、太郎の溶接時間は、平成7年11月までは、平均月間溶接時間が36時間程度であったことが認められるところ、同年12月以降、溶接時間が急増し、同月52時間、平成8年1月74時間、同年2月72時間、同年3月43時間、同年4月60時間、同年5月76時間であったこと、太郎が脳梗塞を発症した平成8年5月25日の直前1か月には、97時間にも達していたことが認められる。
   エ 連続勤務
     太郎は、夜間作業にも従事していたが、時には、昼間作業と夜間作業とが連続する勤務にも従事しており、その連続作業は、昼間作業・夜間作業と連続する2連続作業から昼間作業・夜間作業・昼間作業・夜間作業と連続する4連続作業までがあり、平成6年11月以降の連続勤務をまとめると、別紙連続勤務表のとおりとなる。同表によると、1か月当たり平均して4回の連続勤務が行われていることが認められるが、太郎が脳梗塞を発症した平成8年5月25日の直前1か月を見ると、平均の2倍に当たる8回の連続勤務が行われ、うち2回は昼間勤務・夜間勤務・昼間勤務の3連続勤務であったことが認められる。
   オ 休日数
     前記のとおり、太郎の休日は、規則的なものではなかったが、平成6年11月以降の太郎の休日数をまとめると、別紙休日一覧表のとおりとなる。
なお、同表の休日には、雨天中止の場合も含めているが、他方で、休日とは単なる連続24時間の休業ではなく、午前O時から午後12時までの休業を意味すると解されるから、夜間作業が行われた場合の夜勤明けの日については含めていない(夜勤明けの日の作業が雨天中止となった場合も同様)。同表によると、太郎は平均して1か月当たり5目間の休日ないし雨天中止による作業のない日があったことが認められるが、太郎が脳梗塞を発症した平成8年5月25日の直前1か月を見ると、太郎は、平成8年4月16日に雨天中止になった後は、ゴールデンウィークも休むことなく5月8日に休暇を取るまで連続して21日間勤務し、同月9日以降は同月20日に休暇を取るまで連続して11日間勤務し、同月21目以降は後述する目の怪我のため同月24日に休暇を取るまで連続して3日間勤務していたことが認められる。

  (4) 直前1週間の業務等について
   ア 5月18日(土)
     午前8時から午後5時まで昼間作業に従事し、その後帰宅して休憩した後、午後8時から翌19日午前4時まで夜間作業に従事した。
   イ 5月19日(日)
     前日からの夜間作業終了後、午前4時過ぎに帰宅し約1時間程度仮眠した後、昼間作業に従事するため、被告に出社していった。午前8時30分から午後5時まで昼間作業(現場作業)に従事し、帰宅した(3連続勤務となる。)。
   ウ 5月20日(月)
     有給休暇を取得し、家で終日ぐったりしていた。
   エ 5月21日(火)
     午前8時から午後5時まで昼間作業に従事し、その後帰宅して休憩した後、午後8時から翌22日午前5時まで夜間作業に従事した。
   オ 5月22日(水)
     前日からの夜間作業終了後、午前5時過ぎに帰宅した。昼間は夜勤明けのため自宅にいたが、じんま疹が出たため山縣医院を受診した(甲3の2)。午後8時から翌23日午前5時まで夜間作業に従事した。'この際、太郎はグラインダーを使用しての作業中、鉄粉が目に突き刺さる事故に遭つた。
   カ 5月23日(木)
     太郎は前日からの夜間作業終了後、午前5時過ぎに帰宅した。同日は、夜勤明けであったが、近所にあるかかりつけの宇野限科が休みであったため眼科の診察を受けることができず、1日中自宅でぐったりしていて、目の激痛のため十分な睡眠をとることができなかった。
   キ 5月24日(金)
     本来であれば、太郎は同日内作作業を行う予定であったが、急遽有給休暇を取得して宇野眼科を受診し、鉄粉の摘出等の処置を受けた(甲2)。
しかしながら、太郎の目に突き刺さった鉄粉は深層角膜に達し・角膜は浸潤していたため、鉄粉を摘出した上で左眼の角膜掻爬を行い、抗生物質を点眼し、内服薬、抗生物質、消炎鎮痛剤の投与が行われ、太郎は、この日の夜も目の激痛のために十分な睡眠をとることができなかった。
   ク 5月25日(土)
     午前8時から昼間作業に従事した。自宅を出る際、妻からは今日も仕事を休んではどうかと言われたが、太郎はみんなに迷惑がかかるからと言って、出勤していった。出勤してからも太郎の顔色は悪く、苦しそうにしていたため、同僚の山口らが太郎に対し休んではどうかと勧めたが、太郎はこれ以上皆に迷惑を掛けられないからと言って現場に向かった。しかしながら、太郎は、現場先で作業に従事していた午前10時40分ころ、脳梗塞を発症した。太郎は、脳梗塞を発症し、現場で倒れた後も、同僚達が太郎を寝かせようとしても、仕事をしないと終わらないといって、起きようとしていた。

 2 争点1(太郎の業務と死亡の間には相当因果関係があるか。)について
  (1) 太郎の業務と死亡の間に相当因果関係が認められるかどうかは、自然科学的問題ではなく、法的間題であるから、証拠によって認められる医学的知見をもとに、先に見た太郎の業務の実態に加え、太郎の生前の健康状態等諾般の事情を経験則に照らして総合的に検討し、太郎が従事していた業務と太郎の死亡との間に因果関係の高度の蓋然性(通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうること)が証明されるかどうかを検討すれば足りると解される。
  (2) 太郎の死因
     争いのない事実のとおり、太郎は、脳梗塞が原因で死亡しているが、証拠(甲1、甲13、14、乙3)によれば、太郎の脳梗塞は、より具体的には脳塞栓であったと認められる。
  (3) 医学的知見について
     証拠(甲13、22、乙3)によれぱ、脳梗塞に関して次の知見を得ることができる。
   ア 脳梗塞とは、脳血管の閉塞、又は血流障害のために脳の一部が虚血性壊死を起こし、それによって当該部位の機能が傷害された疾患をいう。脳梗塞は成立の機序によって脳血栓と脳塞栓に大別されるが、脳塞栓は、血中の異物が流されて脳血管を閉塞し、脳壊死を来すものをいう。発生した栓塞子の多くは心腔内に生じる壁存性血栓、弁膜血栓などの剥離した心原性塞栓であり、全脳梗塞に占める心原性脳梗塞の頻度は、15%程度と推定されている。
   イ 心原性脳塞栓の原因としては主なものに不整脈、特に弁疾患を伴わない心房細動、リウマチ性心臓病などが挙げられるが、最も多いのは心房細動である。心房細動とは、心房が全体の統一を失い、各部が不規則かつ頻数に休止なく興奮している状態で、脈の乱れとして現れ、絶対性不整脈ともいわれる。心房細動はその不規則な脈動のために、血行動態の乱れを来し、栓子ができやすく、あわせて、その存在が血液の凝固能の尤進を惹起増進させることで、いっそう栓子ができやすくなる。このようにして心腔内に形成された血栓が栓子となって脳内動脈に流入し、脳梗塞を生じさせるが、心房細動によって血液凝固系が活性化して形成される血栓は、フィブリンを主体とするもので、血小板血栓よりも大きいため、これが脳内動脈に流入すると主幹動脈を閉塞して大梗塞を生じさせやすく、死亡率が高い。心房細動は、発作性(一過性あるいは間欠性)のものと、慢性(持続性あるいは恒久性)とに区分されるが、一般に発作性の心房細動は、慢性のものに比して脳梗塞などの合併症を起こしにくいとされている。
   ウ 危険因子
     脳梗塞の危険因子としては、避けられない危険因子として、年齢、性別、人種、遺伝的要因があるが、その他避けられる危険因子としては、高血圧、喫煙、糖尿病、飲酒、高脂血症等があるとされている。なお、高脂血症については、近年総コレステロールやLDLコレステロール、中性脂肪の高値と、HDLコレステロールの低値について脳梗塞のリスクとしての認識が高まっている。また、上記危険因子の中で、最も相対危険度が高いものは高血圧であり、次いで糖尿病とされている。
   エ ストレスと脳梗塞との関係について
     ストレスを受けると、生体は生存に重要な体内環境の恒常性を維持するため、交感神経一副腎髄質系及び下垂体一副腎皮質系を介して適応しようとする。こうして引き起こされた交感神経の興奮及び血中カテコラミンの増加は心拍出量を増やし、皮膚、内臓の血管を収縮させることによって血圧を上昇させ、同時に血液の乱流などの血行動態の急激な変化をもたらす。
     また、血中への脂肪酸、グノレコースの放出が促進され、肝臓でのVLDLの合成、分泌が充進して高脂血症の発生を促進する。
     ストレスが長時間持続すると、このような反応が蓄積し、高血圧症や高脂血症を惹起し、ストレスによって血小板の凝固能の亢進が見られる。
     したがつて、ストレスは、血液の乱流等の血行動態の変化、血液凝固能の亢進を引き起こすため、脳梗塞の発症を促進する要因となり得ると解される。
  (3) 太郎の健康状態
    証拠(乙1、2、13の53・54、15、23、原告花子)及び弁論の全趣旨によれば、太郎の健康状態に関して、次の事実を認めることができる。
   ア 太郎は、昭和62年7月30日、当時勤務していた会社に提出するための健康診断を松本外科病院で受診したが、その際、胸内苦悶を訴えていた。
     太郎は、平成3年ころ、不整脈があるとのことで1週間ほど永吉病院に検査入院したことがあったが、このときには特に継続的な治療を要するとはされなかったようである。また、太郎は、平成4年12月26日にも、1週間に1回程度の発作があるとして松本外科病院に数回通院したが、その際の診察では血圧は正常であったが左室肥大著明とされ、ベルジピン(急性心不全などに適応)及びジゴキシン(うっ血性心不全などに適応)の投与を受け、平成5年2月6日には調子が良くなっていた。なお、太郎は、飲酒はしていたものの、喫煙はしていなかった。
   イ 太郎は、被告に勤務を開始した後の平成6年3月3日に、成人病予防検診を受診したが、それによると、@血圧は、最高血圧が139oHgと参考値の上限であったものの異常がなく、A脂質は、総コレステロール及びHDLコレステロールは参考値の範囲内であったものの、中性脂肪が282r/d1(参考値は50〜150r/dl)で目常生活に注意を要し、経過の観察を必要とすると所見され、B肝機能は、γ一GTPが199IU(参考値はO〜60IU)で要経過観察とされ、C代謝系は、血糖値は参考値の範囲内であったものの、尿酸が9.5r/d1(参考値は3.0〜7.0r/d1)で治療を必要とすると所見され、D心電図は、ST-T異常、左室肥大で要経過観察とされた(乙1)。なお、太郎の身長は166.4cm、体重は67.1sである。
   ウ 太郎は、平成6年7月7日、生活習慣病予防検診を受診したが、それによると、@血圧は異常がなく、A脂質は、イ同様、中性脂肪のみが参考値の上限を超え290r/d1で二次検査を必要とするとされ、B肝機能は、上記イの検診の際には参考値の範囲内であったGOT及びGPTが参考値の範囲を超え、GOTは42IU(参考値は35IU以下)、GPTは49IU(参考値は5〜35IU)となり、γ一GTPは329IUで、二次検査を必要とするとされ、C代謝系は、血糖値は参考値の範囲内で、尿酸は10.2r/dlで二次検査を必要とするとされ、E心電図は、心疾患により治療中で、左室肥大、QT延長であった(乙15)。
   エ 太郎は、平成7年6月5日、起床時に右踵部痛を感じ、松本外科病院に3回通院し、痛風と診断され薬を処方されたが、同年7月3日以後通院を中止した。なお、太郎は、同病院の診察において、医師に対して、1日当たりの飲酒量はビール1本と日本酒2合であると回答している。
   オ 太郎は、平成7年7月7日、成人病予防検診を受診したが、それによると、@不整脈が見つかり、治療を必要とすると所見され、A血圧は、最高血圧が133oHgで異常がなく、B脂質は、イ及びウ同様、中性脂肪のみが参考値の上限を超え469r/dlで要経過観察とされ、C肝機能は、GPTが41IU、γ一GTPが329IUで要経過観察とされ、D代謝系は、血糖値は参考値の範囲内で、尿酸は高尿酸血症で治療中で6.8r/dlであり、E心電図は、心房細動、ST-T異常、高電位(左室)で治療を必要とするとされた(乙2)。
   カ 太郎は、平成8年3月22日、右脚関節に痛みが生じたとして、松本外科病院に5回通院し、検査の結果尿酸値が9.1r/d1で治療続行と診断され5月2目まで通院した。また、同検査では、GPTは正常範囲内であったが、γ一GTPが131IUで、中性脂肪が206r/dlであろた。また、4月15日の診察においては、血圧は正常であったが、不整脈があるとされた。
   キ 太郎は、脳塞栓を発症した平成8年5月25日に心電図検査を受け、心房細動は確認されなかったが、上室性期外収縮、ST-T異常、左室肥大、QT延長と診断され、同月28日に受けた心電図検査では心房細動が確認された。

  (4) 判断
   ア 心原性脳塞栓の原因として最も多いのは心房細動であり、上記(3)のとおり、太郎にも心房細動が認められるから(太郎には不整脈も認められるが、これは心房細動に由来するものと認められる。)、太郎の脳塞栓は、心房細動を原因の1つとする蓋然性が高い。しかしながら、太郎の心房細動は、心電図検査において常に認められる慢性のものではなく、一般に脳梗塞などの合併症を慢性のものに比較して起こしにくいとされている発作性(特に間欠性)のものと考えられる。
   イ 前記記載の太郎の業務の実態からすると、太郎が従事していた溶接作業は、それ自体精密さが要求されるとともに失敗が許されないという点で大きな精神的負荷がかかる作業であるということがいえるとともに、特に現場作業や夜間作業においては、その作業環境から相当の肉体的負荷も生じさせるものであると認められる。確かに、太郎は、昭和32年以降溶接工として稼働しているベテラン溶接工であるから、溶接作業自体には相当程度慣れていたということができるが、被告に就職した平成5年9月ころには太郎は52歳、脳塞栓発症時には54歳となっており、運動機能は衰えはじめ、疲労は回復しにくい年齢になっていたと認められるところ、太郎は被告に勤務後、常時時間外労働時間がおおよそ40時間となる業務に従事し、しかも常時往復に1時間以上の自動車運転をし、常に所定の始業時刻よりも30分以上前に出勤していたのであるから、太郎はこれらの精神的・肉体的負担のかかりやすい溶接作業を伴う労働等に長時間従事することなどによって、疲労が蓄積していったものと考えられる。なお、太郎の労働時間は、その全部が太郎が直接に溶接作業を行う時間を意味するものではないが、太郎は労働時間中には手持ち時間も含めて被告に拘束されていて、労働時間は被告の明示又は黙示の作業上の指揮監督の下にその業務に従事する時間であるから、そのような手持ち時間などの存在によって太郎の疲労が回復できたと見ることはできない。そして、太郎はこのような長時間労働に加え、平成8年3月以降夜間作業が急に増え、中でも脳塞栓発症直前1か月の間に10回の夜間作業が集中しているだけでなく、数多くの昼間勤務と夜間勤務が連続する連続勤務にも就いていて、脳塞栓発症直前1か月の間には従前の平均の2倍に当たる8回の連続勤務に就いていたところ、このような勤務形態は、人が本来持っている生体リズムを狂わせ、自律神経系の乱れを引き起こし、社会生活との間にずれを来し、睡眠不足になりやすく、疲労の回復が遅れて慢性化し、次第に疲労が蓄積する傾向があり、特に連続勤務においては、勤務と勤務との間に疲労を回復するに足りる睡眠を確保することができないため、疲労の蓄積度合いは一層増加するといえるのであって、太郎には、形式上算出される労働時間から推測される疲労以上の疲労が蓄積していったものと認められる
     また、太郎は、平均して1か月当たり5日間の休日ないし雨天中止による作業のない日があったことが認められるが、雨天中止の場合は無論、休日も規則的なものではなかった上、溶接作業が他の土工や鉄工による作業との共同作業であったため自らの都合で休暇を取ること自体困難であり、太郎がいつ休暇を取れるのかということは、休暇を取る数日前にならなければ判明しなかったことが多かったことからすると、このような勤務形態自体も、太郎に疲労を蓄積させる一因になっていたと考えられる。
     このような状況の下、太郎が従事した業務のうち最も精神的・肉体的負荷のかかる溶接作業の時間が、平成7年12月以降はそれまでと比較して急増し、労働密度が濃くなっていったのであり、このころから、太郎の疲労はそれまで以上に蓄積し始めたものと考えられる。そして、太郎が脳梗塞を発症した平成8年5月25日の直前1か月を見ると、その労働時間は242.5時間、時聞外労働時間は約71.5時間、溶接時間も97時間に達し平成8年4月16日に雨天中止になった後は、5月8日に休暇を取るまで連続して21日間勤務し(うち2連続勤務5回、3連続勤務1回)、同月9日以降は同月20日に休暇を取るまで連続して11日間勤務し(うち2連続勤務3回)、同月21日以降は後述する目の怪我のため同月24日に休暇を取るまで連続して3日間勤務(うち2連続勤務1回)していたことが認められるのであり、このような長時間・連続的労働でかつ労働密度も濃い業務に従事したことによって、太郎の疲労は回復し難いものとなっていったと認められる。そして、太郎は、平成8年5月22日の夜間作業において、それ自体太郎の就いていた業務の危険性が発現した労働災害であるということができるグラインダー作業中の事故により、鉄粉が目に突き刺さり、その夜勤明けの23日及び急遽有給休暇を取得した24日の両日、激痛にさいなまれて、十分な睡眠をとることができず、太郎は脳塞栓発症当目には疲労の極みに達していたものと考えられる。

   ウ なるほど、太郎は、平成6年3月以降、一貫してγ−GTPの数値が参考数値を超え、時にはGOT及びGPTの数値が参考数値を超えていたことからすると、太郎の飲酒量は適量を超えていた蓋然性が高く(太郎は松本外科病院に対し、1日ビール1本と日本酒2合を飲酒すると申告している。)、また中性脂肪も、平成6年3月以降、一貫して参考数値を超えていたことからすると高脂血症の蓋然性が高いと考えられ、その他前記のように太郎には心房細動の素因があることは事実であるが、他方で、太郎は、脳梗塞の危険因子と強い関係があるとされる高血圧ではなく、喫煙はしておらず、肥満といえるほどでもなく、糖尿病でもなかったこと、太郎の心房細動が一般に脳梗塞などの合併症を慢性のものに比較して起こしにくいとされている発作性のものであること、太郎は従前健康診断等で指摘を受ける外は特に問題なく被告における溶接工としての業務に従事してきており、脳塞栓発症前に脳・心臓疾患が特段増悪していたことを窺わせる事情は存しないことや、上記に判示した太郎の従前の著しく過重な業務の実体をも併せて考慮すれぱ、太郎の脳塞栓が、太郎が素因として有する心房細動及び太郎の本来有する体質等の危険因子の自然的経過によって発症したと考えることは困難である。そして、太郎が脳塞栓発症を迎える平成8年5月25日まで被告の業務に従事することによって蓄積した著しい疲労状態は、血液の乱流等の血行動態の変化、血液凝固能の亢進等を引き起こし、同人の心房細動等による血栓の形成をその自然の経過を超えて急激に増悪・促進させる要因となり得るものというべきである。したがって、太郎の死亡原因となった脳塞栓は、同人の有していた基礎疾患等が、被告における業務の遂行によってその自然の経過を超えて急激に増悪・促進したことによって発症した蓋然性が高く、被告における太郎の業務と死亡との間に相当因果関係の存在を肯定することができる。

 3 争点2(被告は安全配慮義務に違反したか。)について
  (1)労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なうことは周知のところであり、被告は、労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、労働者との間の雇用契約上の信義則に基づいて、業務の遂行に伴う疲労が過度に蓄積して労働者の健康を損なうことがないよう、労働時間、休憩時間、休目、休憩場所等について適正な労働条件を確保し、さらに、健康診断を実施して労働者の健康状態を的確に把握し、その結果に基づき、医学的知見をふまえて、労働者の健康管理を適切に実施した上で、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等の業務内容調整のための適切な措置をとるべき義務を負うというべきである。そして、太郎は、前判示のとおり、心房細動等の心電図上の異常を有するだけでなく、肝機能検査や脂質などにも異常があり、治療を要する状態にあって、使用者である被告はこれらを健康診断の結果を通じて把握していた(あるいは仮に重大な過失によりこれを把握していなかったとしても極めて容易に把握し得た。)のであるから、太郎において脳梗塞等の脳・心臓疾患などの致命的な合併症を発症させる危険性のある過重な業務に就かせないようにし、また太郎の従事する作業時間及び内容の軽減等の業務内容調整のための適切な措置をとるべき注意義務があったといわなければならない。
    しかるに、前記のとおり、太郎が従事した業務は、被告に就職した当初から労働時間が長時間に及んでいたが、被告は三六協定を締結することなく従業員に違法に時間外及び休日労働を継続させていただけでなく、1か月単位の変形労働時間制を採用していたにもかかわらず労働基準法32条の4の規定に違背した運用を行っていたのであり、また、被告はガス埋設工事の元請である住友金属プランテックからの発注を拒否することなく、そのすべてを受注し、3班の鉄工及び溶接工に仕事を割り振る際にも班毎の負担割合が公平となるように配慮しなかった結果、特に平成7年12月以降の太郎の業務内容は、溶接時間が倍増して労働密度が高くなり、太郎が脳塞栓を発症する直前1か月間は適切な休日もなく過酷ともいえる連続勤務が行われ、従前にも増して長時間労働が行われたのであるから、被告が、上記適正な労働条件を確保し業務内容調整のための適切な措置をとるべき注意義務を怠ったことは明らかである。
    また、労働安全衛生法関係法令(ただし、特記しない限り、太郎が被告に就労していた平成5年ないし8年の脳塞栓発症当時のもの)によれば、被告は、労働者の健康管理等をその職務とする産業医を選任した上(労働安全衛生法13条、労働安全衛生法施行令5条)、深夜業務に定期的に従事する太郎に対する定期健康診断を年2回行い(労働安全衛生規則45条1項、13条1項2号ヌ)、健康診断の結果、労働者の健康を保持するため必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮等の措置を講じるなどの適切な措置をとらなければならない(労働安全衛生法66条7項)とされており、そのような措置を講じるためには、当該労働者の健康を保持するための必要な措置について医師の意見を聴取したりすることも必要であったというべきところ(現行の労働安全衛生法66条の4、平成8年10月1目公示された健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針参照)、乙5及び弁論の全趣旨によれば、被告は太郎に対する定期健康診断を年1回しか実施せず産業医を選任せず医師の意見も聴取しなかったことが認められる。その上、弁論の全趣旨によれば、被告には安全衛生委員会(労働安全衛生法18条1項、19条1項)及び安全・衛生管理者(労働安全衛生法12条1項、10条1項)が設置されていたものの、それらは労働者の過労による健康障害を防止するためには全く機能していなかったことが認められる。さらに、証拠(証人山口、同高山、同植田)によれぱ、被告は、健康診断の結果をそのまま本人に渡すだけで、本人から会杜に対1して健康診断の結果のコピーが提出されていたものの、要治療や要二次検査の所見が出た労働者が病院に行くことができるよう、作業の日程を調整したことはなく被告から太郎の直属の上司に当たる植田らに対して、太郎の健康状態に関する情報は何ら伝えられておらず、植田らは住友金属プランテックから受注した仕事を割り振る際、太郎の作業配分を特に考慮したこともなかったことが認められる。なお、被告は、太郎には血液検査の受診をするよう指示していたと主張するが、本件全証拠によっても、そのような事実を認めることはできない。これらのことからすると、被告は、上記労働者の健康管理を適切に講じるための適切な措置をとることができるような体制を整えていなかったというべきである。
    蛇足ながら、更に付言すれば、太郎は、平成8年5月22日の夜間勤務においてグラインダー作業中に鉄粉が目に刺さる事故に遭い、本来作業が予定されていた平成8年5月24日に突然有給休暇を取っているが、このように太郎が就業予定の目に突然休むことはかなり異例の事態であり(証人植田)、被告において太郎の健康診断の結果を把握していたのであるから、被告が翌日の25日に出勤してきた太郎の様子に特段の注意を払うことは容易であっただけでなく、鉄粉が目に刺さった事故及び25日の太郎の憔悴した異常な状態を、被告、具体的には従業員の業務を管理支配する立場にある植田昌弘が自ら確認するか、あるいは植田昌弘に対して直ちに報告がなされるように従業員を指導・教育しておくべきであったといわなけれぱならず、仮にそうしていれば、太郎に25日当日に予定されていた作業を止めさせ、安静をとらせることができ、その結果、太郎の死亡を回避できた可能性も高かったというべきである。
    したがって、被告は、心臓等に異常があり治療を要する状態にあった太郎の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等の業務内容調整のための適切な措置をとるべき注意義務を怠ったのみならず、法令の要求する労働者の健康管理を適切に講じるための適切な措置をとることができるような体制を整えていなかったものであって、仮に、被告がこのような安全配慮義務を履行していれば、太郎は死亡しなかったと認められるから、被告の安全配慮義務違反と太郎の死亡との間には相当因果関係が認められるといわなけれぱならない。

  (2) ところで、前記太郎の健康状態、業務実態等からすると、太郎の脳塞栓は、被告における業務によって太郎に蓄積した疲労のみが原因となったわけではなく、太郎の心房細動、高脂血症、飲酒といった太郎の身体的素因ないし生活習慣もその原因となったことは否定できないところである。特に、太郎の脳塞栓は心原性のものであり、その発症機序に心房細動が大きく関与していると考えられる。そして、前記のとおり、被告は太郎に対し、安全配慮義務を負っており、個々の労働者の健康状態を把握した上で、被告の業務によって労働者の健康状態を悪化させない等の配慮を行うべきであるものの、他面、労働者自身もまた、自己の健康を保持すべきであるところ、太郎は平成6年及び7年7月7日の予防検診において、心房細動等で治療を必要とするとの所見を示されたのであるから、過去において胸内苦悶や不整脈といった心臓に由来する疾病等の経験を有していた太郎としては、上記検診で指摘を受けた点にっいて治療を受けるべきであったということができる(太郎の休日数からすればそのことは十分可能であったと考えられる。)。しかるに、証拠(原告花子本人)によれば、太郎は、上記所見を受けてから脳塞栓を発症するまでの間、心房細動に関する治療を受けなかったと認められる。
    これらのことからすると、太郎の損害の全額を被告に賠償させることは衡平を欠き相当でないから、民法418条を適用及び類推適用し、業務過重性の程度、期間などの外被告と太郎双方の諸般の事情を総合考慮して、太郎の損害額の3分の1をもって、被告が安全配慮義務違反に基づき賠償すべき損害額と認めるのが相当である。

 4 争点3(損害額)について
  (1) 損害額
   ア 治療費  9万1430円
     証拠(甲6)によれぱ、太郎が脳塞栓を発症してから死亡するまでの間に9万1430円の治療費を要したことが認められる。
   イ 入院雑費   6500円
     証拠(乙12の1)によれぱ、太郎は脳塞栓を発症した平成8年5月25日から死亡する同月29日までの5日間山本第三病院に入院したことが認められるところ、1日当たりの入院雑費は1300円と認めるのが相当であるから、入院期間中の入院雑費は6500円となる。
   ウ 葬祭料   120万円
     弁論の全趣旨によれば、太郎の葬祭料には150万円を要したことが認められるが、被告の安全配慮義務違反と相当因果関係のある葬祭料は120万円と認めるのが相当である。
   工 逸失利益 3896万8220円
    (ア) 基礎収入  691万4040円
      証拠(甲7の2)によれぱ、太郎は、平成7年4月から平成8年3月までの1年間に給与及び賞与として合計691万4040円の収入があったことが認められるから、同人は就労可能と認められる67歳になるまでの13年間、同金額の収入を得ることができる蓋然性が認められる。
    (イ)生活費控除率  40%
      太郎は、死亡当時、原告花子との2人暮らしであったことが認められるから、生活費控除率は40%と認めるのが相当である。
    (ウ)計算式
      691万4040円×(1-O.4)×9.3935(13年に対応する年5%のライプニッツ係数)
       =3896万8220円(円未満切捨て。以下同様。)
   オ 死亡慰謝料  2600万円
     本件で明らかとなった諸般の事情を総合考慮すれば、太郎の死亡慰謝料は2600万円と認めるのが相当である。
   カ 上記合計6626万6150円
     上記アないしオを合計すると、6626万6150円となる。

  (2) 素因等による減額後の賠償額
    前記のとおり、過失相殺規定を適用または類推適用して、太郎の素因等を掛酌すると、被告の賠償すべき金額は、2208万8716円となる。

  (3) 相続
    争いのない事実記載のとおり、原告花子は太郎の妻であり、原告一美及び同一郎は原告の子であるから、原告花子は1104万4358円、原告真佐美及び同一郎は552万2179円ずつ、太郎の被告に対する損害賠償請求権を相続したと認める。

 5 結論
   よって、原告らの被告に対する本訴請求は、債務不履行に基づき、原告花子に関し、金1104万4358円、原告一美及び原告一郎それぞれに対し、金552万2179円及びこれらに対する平成10年6月7日(訴状送達の翌日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による各遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

大阪地方裁判所第15民事部
裁判長裁判官 坂本倫城
裁判官 藤澤孝彦
裁判官 安永武央


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