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更 新 履 歴 (本 HP は 20・08・10 開設)
(カウンターは 21・01・08 設置) |
| 20・04・03 |
慰霊活動 20・8・15 NHK放送の「兵士の証言 レイテ決戦」の取材に協力画面に
取材協力者として 私の氏名あり 本HP開設の契機となる |
| 04・10 |
慰霊活動 大阪府遺族会で講演 |
| 04・16 |
慰霊活動 TBSテレビ取材に協力 「最後の赤紙配達人」21・08・10 放送赤紙一枚で召集
された当時の召集制度 |
| 04・24 |
慰霊活動「バシー海峡〜知られざる惨劇の記憶」 前後3度に亘って取材協力 名古屋テレビ
22・9・12 放送 以降 朝日放送系で全国放送され画面に取材協力者として私の氏名あり
バシー海峡で海没した「玉津丸」には独歩第13聯隊兵士2,000名が乗船戦死 |
23・01・07
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レイテ文庫に1冊追加 H欄
DVD欄に追加 23・01・07(金)朝日放送で放映された「探偵ナイトスクープ」
大阪府在住のs氏は苦労して女手一つで育ててくれた母親の遺品を整理中、戦地の戦死した
父からのハガキを発見、その内の1通は幾度となく母が読み返したのであろう スリ減りその上
エンピツ書きで判読困難、以前から気にかけていたが父の 出征時は自分は母のお腹の中で
果たして父は此の事を知っていたのであろうか 俄然 このハガキが気に掛かり テレビ局に
持ち込み後いろんな機関で 現代の科学を駆使し 最後は完全解読に成功したという内容
文面は身重の妻(母)を気遣い 生まれてくる愛児への想いが綴られており 最後に当時の
心境も詩として書かれている、 涙涙の番組 独立工兵第65大隊の遺族で最後はレイテ
決戦に参戦し玉砕(事前に連絡があり録画) |
03・05
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「洋上慰霊」参加者を神戸ポートターミナル港埠頭で歓送
参加者に資料提供の為 輸送船関連を既蔵書分から抽出し(別途購入もあり)
レイテ文庫に 追加公開 B欄
同慰霊船に参加の玉津丸遺族の要請で後日「玉津丸遺族会を
静岡駅前のホテルで開催 生還者中嶋秀次氏 の出席を頂き 13名の会合 |
| 09・08 |
レイテ文庫に追加
「この命義に捧ぐ台湾を救った陸軍中将根本勝の奇跡」著者 門田隆将先生の取材要請に
レイテ島からの生還者2名を紹介 そのご縁から 当日靖国会館で著者の奥様と面談
「太平洋戦争最後の証言」「蒼海に消ゆ」の2冊を贈呈される
山本七平賞 受賞著者で 最近では係る書籍は少ないが 太平洋戦争を語る関係者には
是非 一読をお勧めしたい N欄
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| 09・10 |
レイテ文庫に追加
@「折々の記」添田裕吉著 私家版 長年 戦史の語り部として活動された
著者は 今般第1線を引退され 蔵書一切を靖国偕行文庫に寄贈(現在添田文庫として公開中)
これを契機に 今まで遺族の要望にお応えして 調査された戦史を 纏め今般出版 N欄
A「くまもとの陸軍遺蹟」 熊本偕行会編 N欄 |
09・25
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レイテ文庫 輸送船(B欄)を 以下の通り分別整理(10冊追加公開)
@輸送船 B−1 45冊 海上輸送で活躍した輸送船500トン以上の 1,000隻の記述
A玉津丸 B−2 32冊 バシー海峡で海没した史上最大の 玉津丸の悲劇
B多号作戦 B−3 19冊 レイテ輸送作戦 第1次から 第9次までの記述
C海上挺進基地大隊 戦隊
B−4 10冊 比島に於ける海上特攻 挺進戦隊の戦記
関係者から資料請求の際 容易にするため 整理 |
10・31 |
部隊関連戦記覧 に追加
バシー海峡で海没 輸送船海没では 最大の悲劇と云われる玉津丸 戦死者の当時の
戦死公報(あるご遺族から提供を受ける) |
12・20 |
レイテ文庫「E欄」に追加
「太平洋戦争最後の証言 第2部 陸軍玉砕編」門田隆将著 小学館出版
第5章レイテ島8万人の慟哭 取材に応じ著者より謹呈を受ける |
| 24・03・04 |
NHK熊本制作 3月4日 BS3チャンネルで放送
「証言記録 兵士たちの戦争 フィリピン・ルソン島 補給なき永久抗戦 第23師団」
部隊関係者 4名を紹介し取材協力 番組には山田 人見 松下の各氏出演 |