高校英語におけるコンピュータを活用した帰納的学習
---コーパス言語学への入門を視野に入れて---
角田 知生
はじめに
昨今教育現場へのコンピュータの導入とその活用が喧伝されています。そのなかでマルチメディアタイプの英語学習ソフトも販売され、インターネットを利用した海外の学校との交流も一部では行われています。本稿で扱う内容は、そのような流れから見るとやや旧弊なコンピュータ活用法と映るかもしれません。インターネットにも接続されておらず、設備も余り充実していない学校でも実践でき、なおかつかなり高度なコンピュータ活用法への入門ということを視野に入れた授業内容の報告と受け取っていただければ幸いです。
1 演繹的学習と帰納的学習
---学習者中心の授業を求めて---
「あるまとまった知識をもっていて、それを子どもに教えるのだという構えがどうしても抜けない教師が圧倒的に多い。」(有田和正、p.33)
この言葉を読んで、その内容に対する賛否はおくとして、そういう構えでは持っていないと言える教師は数少ないのではないかと思います。
私自身も、そのような構えを持った教師です。もっと正直に言うならば、「構え」や「イデオロギー」を持ってそのような教師であるのではなく、そんなやり方のほうが楽だから、そのような授業をやっているにすぎません。
私がもう退職しているのなら、そのような教師で終わっていても、恥ずべきところもなく定年後の人生を楽しんでいられるでしょう。しかし、今教育しているということは、20年後、30年後の社会の中心人物達を育てているわけですから、そのような教育をしていては、そのような教師のままでいては、申し訳ないように思われます。
明治以降の近代学校教育をどう見るか。産業政策の一環としては一応かなりの成果をあげてきたと評価できるでしょう。「殖産興業」に資し、「脱亜入欧」、「一等国」への仲間入りをまがりなりにも実現する上で、日本の学校教育が果たしてきた役割は、大きなものがあり、そのことは世界的にも広く認められているようです。
そのような過程における学校教育としては、すでに欧米において得られている知識をまるで我が知識であるかのように教える教師も存在価値があったといえるでしょう。また、実際に大いなる役割を果たしてきたと評価もできるのではないでしょうか。
しかし、すでに存在している知識を得る能力しかない世代を次々と送り出していいのでしょうか。そのような人物が社会の中心に位置している社会は停滞ないしは衰退せざるを得ないでしょうし、その個々人に対しても、教育者としての責務を果たしたといえるかどうか。
帰納的学習こそが「自分で法則を考え出す積極的関わり」(杉浦正利b)を生み出すのであり、「社会の変化に自ら対応できる・・・(中略)・・・人間の育成を図る」(柴村幸彦、p.i)ためには、「内発的な学習意欲を育て」、「『問題の見つけ方』を学ばせる」(中井弘一)帰納的学習が、授業のなかで占める割合をさらに高めていく必要があるのではないでしょうか。
2 コーパス(Corpus)言語学とは何か
---用例収集の画期---
コーパスとは何か。耳慣れない方もいるかとは思われます。簡単に言うと、実用例集とでもいえましょうか。ただここでいうコーパスとは、コンピュータを用いた膨大な英文の集積を指しています。
現在世界各地で、様々な分野別、時代別の英文が言語学的研究の資料とすべく集積されています。それにより、今までネイティブスピーカーの直観か、狭い範囲からの実例収集などに頼っていた言語の研究が、膨大な英文の実例に基づいたものとなる可能性が開けてきたわけです。
3 接尾辞の帰納的学習
---従来の私の実践---
従来から私は、接頭辞、接尾辞の学習では高校においても帰納的学習が可能であろうと考え、資料のようなプリントを作成して授業を行ってきました。
まずそれぞれの「その1」を配布し、教科書から「-tion」、「-ness」、「-ment」で終わる単語を集めさせる。次に、「その2」を配布して、それらのついていない形の単語を調べさせる。その後、それらの役割について考えさせる。そして最後に、接尾辞の概念を導入して終わる。概ねそのような授業展開を行ってきました。
そのような授業展開だけでも、それなりに意味のあるものだと思われますが、私の勤務校にも情報処理教室が整備されるに及んで、接尾辞の帰納的学習にコンピュ−タを絡ませようと考えるにいたったのです。
4 接尾辞の帰納的学習へのコンピュータの導入
---情報教育と文法教育の邂逅---
コンピュータを活用した英語教育という場合、文字情報だけに依拠するやり方と、文字・画像・音声の各情報に依拠したやり方(いわゆるマルチメディア型)がありえると思います。またそれぞれにいわゆるパソコン通信を絡ませることも考えられるでしょう。
私が勤務している白菊高校も含めて、大阪府立の高校はまだほとんどネットワークに連結されていませんので、授業でパソコン通信(e-mailのやりとりなど)を絡ませるのは少々困難があります。横山新知事が府立高校をネットワークで結ぶことに熱心ですので、数年内に可能になるかもしれません。
40人一斉授業に適したマルチメディア型学習・教育ソフトも学校にはありませんので、私が授業で行っているのは文字情報に依拠し、情報処理教室のLANを利用したものです。
発想としてはコーパスを利用した文法の帰納的学習=いわゆる発見学習に結び付けたいということです。ただし、統語論的なものの帰納的な発見は高校レベル、特に本校のレベルでは困難かと思われますので、語彙論的なものをやっております。
手順としては、情報処理教室のLANを活用して生徒に英文のテキストファイルを配送します。もちろん、LANがなければ、フロッピーで配ってもいいのです。エディターを使わせてもいいのですが、情報処理の授業でワープロソフト(「一太郎ジャンプ」)の使い方をすでにならっていますので、それを使って「-tion」を検索させ、それのついた単語をプリント「その1」に書き込ませます。この作業も、パソコンがなくとも、ワープロ教室があれば、ほとんどのワープロが検索機能をもっていますから、ワープロを使ってさせることもできます。
英文のテキストファイルは英語TとUの本文を使っていますが、この「-tion」がついた派生語でしたら現在使用している教科書『WINDMILL T・U』(筑摩書房)でもじゅうぶん10個は見つかります。これで大体1時間かかりますので、次の授業時に辞書を使って「-tion」をはずした単語を探させ、プリント「その2」に書き込ませます。Station等の単語も出てきますが、机間(パソコン間?)巡視をしてアドバイスしていると何とかなります。
さあそこで、「-tion」の働きを考えさせるのですが、すでに入学以来単語の予習プリントで新出単語と同じワードファミリーに属する単語も調べさせていますので、これもかなり生徒が自分で発見できます。そこで最後に接尾辞という概念を導入して終わりです。時間があれば、「-ment」と「-ness」についても同様の取り組みをさせます。これらのついた単語は、英語TとUの本文では10個集めるのは困難ですが、「-tion」で慣れていますので、それぞれ数個見つかれば何とかなります。この程度のことでしたら、単語調べで派生語も一緒に調べさせるという積み重ねをしておけば、ほとんどのレベルの高校で可能なのではないでしょうか。
5 高校英語教育におけるコンピュータ活用の今後の課題
---学習者が主体的にコンピュータを活用するために---
統語論について上記のような帰納的学習=発見学習をどう行うか。いわゆる構文的なもので、二つ以上の構文のニュアンスや使用法の違いなどを機能的に発見させることは可能かもしれません。There構文とその主語の定冠詞が共起し得るかどうか、書き換え可能な構文間のニュアンスや使えるシテュエイションの違い、などはいかがでしょうか。
その際、「ネイティブ・スピーカーを対象にアンケートを行」(田中茂徳範、p.2)うのも、それなりに価値ある方法とは思えますが、誰でも、どこでも行える調査・研究法とはいえません。それに対してコーパスは、一度作成すれば、コンピュータ・リテラシーのある人であれば、誰でも、どこでも比較的容易に調査・研究できるメリットがあります。しかしその場合、既習の英文(例えば、2年生の授業で英語Tの本文を用いる。)を利用するか、日本語の訳が並列して画面に表示されるようにするかしないと、授業の流れが滞るような気がいたします。
新聞の社説等で、日本語、英語がともに検索可能な電子ブックも出版されていますが、英語の学習という観点から見た場合、やはり英米文学等とその和文翻訳との対照が可能なコーパスがほしいと思われます。高等学校教育現場の努力では限界がありますので、私が今考えていることとの絡みで希望的なことを言わせていただくなら、大学や、文部省、教育委員会などの公的機関と出版社とが協力して、欧米にはない英和対訳コーパスを構築していただければと思います。
より具体的に言えば、国立国会図書館関西館内に電子図書館の開設が予定されていますが、実現に至るまでの最大のネックのひとつに、数百万冊に上る書籍を電子情報化するコスト、もっと平たくいえば、そのコピーを取るにも似た単純な労力をいかに量的に確保するかの問題があります。各研究・教育機関が、分野や著者別に分担して電子情報化し、それらをネットワークで結ぶことによって、仮想的に単一の電子図書館を創り上げることができるのではないでしょうか。
その一部として、英米文学等のうち翻訳のあるものについて、原文と翻訳のどちらからでも同時検索ができるようなコーパスを作る。英語学の資料としてはもちろん、翻訳論の資料、文学の研究の資料としてもおおいに活用できるでしょう。和訳が常に容易に参照できるということで、高校レベルでの統語論分野における帰納的学習の教材としても活用できると思われます。
マルチメディアに対応していくことも必要でしょうが、英語教師として、言葉の教育にこだわって取り組んでいければ幸いです。
<参考文献>
有田和正、『『ネタ』開発ノウハウ』、明治図書、1988年11月
斎藤としお、「英語コーパスの最近の動向」、『英語青年』、1994年2月
柴村幸彦、「まえがき」、『高等学校学習指導要領解説---外国語編、英語編』、教育出版、1989年12月20日
杉浦正利a、「コーパスを利用した言語学の英語教育への応用」、『Language Laboratory』、1993年11月
杉浦正利b、「Computer利用の外国語教育」、第26回白馬夏季言語学会におけるハンドアウト、1994年8月21日
竹鼻圭子、「英語教育でのコンピュータ利用法」、『英語科教育法:理論編』第6章 英語メディアのあり方 第4節、現代教育社、1995年12月出版予定
巽尚之、「国会図書館関西館2002年オープンへ」、『産経新聞』1995年10月23日付
田中茂範、『データに見る現代英語表現・構文の使い方』、アルク、1990年4月
中井弘一、『新しい学力観に立って---個を生かすコミュニケーション活動』、平成7年度大阪府立高等学校教科主任研修講座におけるハンドアウト、1995年10月4日
深谷輝彦、『コーパス言語学入門』、第26回白馬夏季言語学会におけるハンドアウト、1994年8月21日