悪者は誰だ?(笑)

インドを旅したのは1994年の春、初めての海外旅行で。インド、しかも格安チケットでの旅でした。今考えると自分でも「すごいなー」と思います。出発当日に空港で旅行仲間の一人sさんが「なあ、こないだ貸した地球の歩き方に、私のパスポートはさんであったとおもうんやけど、持ってきてくれた?」なんて言ってきて全然心当たりのない私は超あせりました。「っていうか、あんたパスポートないと、日本からでられへんのとちゃうん?」と思った通り、彼女は結局飛行機に乗れずにパスポートを探しに戻りました。結局3日遅れの便でインドに到着した彼女へパスポートの事を聞いたら、「ベッドに置いていた」そうです。空港で思いっきり悪者にされた私と、私を悪者にした彼女。残念ながらインド旅行から帰ってからは疎遠になりました。


ボンベイで虹色アフロになる。sさんが到着して、やっとインドの地で今回のメンバーが揃いました。同じ学校だったsさん、yさん(但し就職が決まっていたので一週間のみの滞在)私の遊び友達のmちゃんと私の4人です。インドではボンベイ(現:ムンバイ)から入って、デリーから出国するっていう位しかプランは立てていませんでした。期間はビザの期限の一ヶ月くらい。めちゃめちゃいいかげんですね。(笑)ボンベイではタージ・マハルホテルの旧館を見学したり、市場に行ったりしましたが、一番のメインイベントは春を祝うインド三大祭りの「ホーリー」です。この日は外人に対しても無礼講な日なんだそうで、道を歩いていると思いっきり色水をかけられます。特に外人めがけてかけている様な雰囲気でした。(笑)私はこの日のために白いTシャツを日本から持参した位気合いが入っていたので、かなり追っかけられて、酷いのは頭からバケツで色水をかけられたんです。さすがにそこまでは心の準備が出来てなかったです。その当時の私の髪型はかなりアフロだったので、アフロが色がついて虹色に輝いていて素敵だったそうです(mちゃん談)なお、このホーリーに不運にもバラナシで遭遇されたかたは、外に出ると外人って理由で、殺されたり、レイプされたりするそうです。特に日本人の女の子は狙われるそうなので、御注意下さい。


ストローにゴ○ブリ?インドにも慣れてきて、あったかいチャイ(煮だして作ったミルクティー。激甘)にも飽きてきたので、食後の一杯をラッシーという飲むヨーグルトのようなものに変えてみようと思い、オーダーしたところ、ストローに小さいごきちゃんが....。「これに怯んだら、インドに負ける。負けるもんか!」と気合いでそのストローを使って(勿論、ごきちゃんはどっかに行ってもらいましたが)飲みました。「勝った.....」と勝利を味わったのもつかの間。そんな変なやせ我慢?しなきゃ良かったと三日後のボンベイからゴアへの移動の時につくづく後悔しました。


死ぬかと思ったバス移動。ボンベイからゴアへの移動はバスが楽ということで、直行バスを利用して移動しました。インドの夜ってこれが以外と寒くなるんです。日本みたいに蒸し暑くないので、日中も日陰ならかなり楽かな?と思ったくらい。バスでの移動中にどんどん具合が悪くなり、どう考えても高熱の症状が出てきてました。頭の中はゴキブリストローがぐるぐる回ってますが、後悔先にたたず。寒くてふるえが止まらなくなってきました。前に座ったインドのおやじは暑いって言って窓を全開に開けて御機嫌です。耐えられなくなり、バスの運転手のアシスタントのかなり年季が入って、もう、臭くて目がシカシカしてきそうな毛布を奪い、やっと安眠できる....と思ったら、後ろから痴漢をしようと変な手が....。熱でふらふらにも関わらず、シャーペンで手がのびてくるたび、「ぶすっ」っと何度も刺してやると、さすがに諦めたようです。千枚通で刺してやりたかったなあ〜。正当防衛だし。


ゴアに到着し、死にかけの身体を横たえたい一心で、カラングートビーチまで移動して、ゲストハウスについたら寝てしまいました。ぐっすり寝て回復と思いきや、止まらない下痢.....。もうこれは「コレラ?赤痢?」と思い、友達にうつしたくないので、医者を呼んで貰いました。結局疲労と食あたりで安静にしていれば治るって事で安心。日中は疲労が酷くなるからって事で夜に散歩をしたりしました。ゴアは今でもそうなのかもしれないですが、当時はジャンキーの集まる町で、長期滞在して、朝起きて麻薬、昼御飯食べて昼寝、夜は浜辺で麻薬。そんな人ばっかりであまりにもつまらないので身体の具合を見て、やはりインド周遊に旅立つ事に決めました。冒頭にでてきたsさんは日本人の友達も出来た事でゴアに残るというので、私とmさんで旅立ちました。


電車での雄大な景色 インド旅行中に私は絶対電車に乗りたかったので、ゴアからマンガロールという町に出て、そこからは電車でトリバンドラムという南インドの町へ行く事にしました。途中で水田に列車が転がって錆び付いてました。日本ではありえない光景ですね。錆びるまで放置なんて。運河を跨いで、南国らしく花が咲き乱れている所をみると、「あ〜。インドに来て良かったなあ」としみじみ来ました。(ちなみに表紙の写真はこの区間で列車の中から撮影しました。)南インドは湿気が少し高いのか、他の土地に比べて「潤ってる」感じがします。緑も多くて心が落ち着く感じがします。トリバンドラム到着後、ファミリータイプの部屋しかなかったので、セミダブルが3つ並んだ部屋に通されました。「今回はmちゃんに迷惑かけずに、自分の縄張りで眠れるなー」と思っていたのですが、朝起きたら、彼女のベッドにいました。(笑)この夜以降、「はみだしチャンピオン」ってあだ名がついてしまいました。そういえば、こんなタイトルの歌ありましたね?しぶいぜルールは自分で作る〜って歌詞だったような。まさに私やん!(笑)


ここのトリバンドラムから一旦モルジブへ飛び、3日後にまた戻ってきました。ここからはこの旅行中に一番過酷だった列車の旅です。なんと!3日間風呂も入れず、列車のりっぱなし!日程が足りなくなりそうだったので、トリバンドラム→マドラス→カルカッタ→バラナシまでの強行軍。マドラスからカルカッタ間はチケットが満席で予約ができなかったので、普通車両にのって見つかったら開き直ろうって事になりました。検札とかきたらやばいかなーと思っていたらトイレの順番を待ってる時にインドの海軍の兵士に話し掛けられて、海軍の特別車両へいれてもらえる事になりました。特別車両って言っても、私みたいなチケット取れなかった人が潜り込みまくりでしたが、それでも特に問題なくカルカッタへ。途中日本の歌うたえ攻撃には疲れましたが、みんないい人で、銃を見せてくれたり、お弁当を分けてくれたりで本当に助かりました。


カルカッタからバラナシは先ほどの兵隊さんがチケットを取ってくれて、無事座席に座って移動出来ました。とうとう憧れのガンジス河の地、バラナシへ到着。ホテルを探して、まっ先にお風呂へ。汚れてるだろうなとは思っていましたが、髪の毛から茶色い水が......。(うわーきたなーい!)顔も煤だらけでひどいもんでした。(休憩時には顔を洗ってたつもりだったのですが)さっぱりしてから、なにはともあれ横になって寝るしかないっしょ?ってことでmちゃんと爆睡。外はかなり騒がしかったのですが、死んだように眠ったのでした。


ガンジス河で沐浴!インドといえばガンジス河。ガンジス河といえば沐浴ですね?死体を焼いてすぐ横でそれを河に流してるにも関わらず、インドの人はそこで平気で歯を磨いたり、身体を石鹸で洗ったり、河に潜ってみたりと、とっても見ていてカルチャーショックだったのですが、来たからにはやんないとってことで、友達と沐浴しやすい服に着替えて、早朝のガンジス河へ出陣しました。朝の5時にも関わらず、沐浴をしている方でいっぱいでした。私のやった手順としては、まずはお坊さんに祝福のしるしをおでこに付けてもらい、少額の喜捨をして花を貰いました。それから河に花を流して、階段状になってる川岸へ行き、少しずつ河に浸かって、最後はなんと......頭まで潜っちゃいました。(笑)友達は下半身を浸けただけで留めていたみたいです。

びしょぬれなのでゲストハウスにすぐ戻って、シャワーをあびて、さっぱりしてから朝食。食事をしたレストランはゲストハウス内の2階にあり、ガンジス河へ今から行く人たちが良く見渡せるのですが、そこには常に謎の笛売り男が....。ココナッツの殻と木を組み合わせて作った笛を売っているのですが、なぜか吹く曲は「コンドルは飛んで行く」なんです。なにゆえインドでサイモン&ガーファンクル?しかも一度聞いたら頭から離れない!日本に帰ってインドの旅行記を読んだら、バラナシの所で良くその人の事が書いてありました。有名人だったんだ......(笑)


またまた絶不調!朝食を食べたあとは、町の散策をしにいきました。この町は小さな路地がたくさんあり、しかも何故か狭いとこには必ず牛がたむろしてます。牛なんて小学校の遠足以来見た事がなかったので、すれ違う時にめちゃめちゃ怖かったです。この町は本当に牛だらけ。トリバンドラムやボンベイは、どちらかというと牛が少なかったようですね。しかも相手は神様の使いって事を分かってるのか?超偉そう!道のまん中に平気で座るんだもん。これだけ牛が多いせいか、バラナシのレストランとかで出てくる水は、牛のにおいがします。絶対本当です!!!そんな水を飲んでいた私は、勿論体調を壊すはめに.....。お散歩から帰ってから、トイレから出れなくなってしまいました〜。ガンジスの沐浴効果もあったのかもしれませんね!だって、友達は平気そうだったし。落ち着いてから、ヨガの先生もしてるっていう宿の人に相談したら、「腕を頭の後ろで組んで、膝を曲げて上下運動をしたら、身体の中のプラスとマイナスの電気がいい具合になって.....これで治りますよ!」って教えてくれたので部屋で試してみて途中ではっと気がつきました。「これってヒンズースクワット?」そうか〜。あれはヨガだったんだ〜。と思うのと、「もしかして私、おちょくられてる?」っていう気持ちが入り交じって、すぐ止めて寝ちゃいました。


タージ・マハールはすごい!体調はまだまだ思わしくなかったのですが、タージ・マハールを見に、アグラという町へ行きました。タージ・マハールは素足で観光しなきゃいけないので、夏の暑い時は大理石が焼けて、すごく熱いです。大理石のお城のようなお墓の回りには、石が象眼細工で埋め込まれていてすごく綺麗でしたし、浮き彫りなんかも緻密で美しかったです。正面の門を入って、シンメトリーな庭園のまん中に佇むタージ・マハールは感動ものです。この写真は全然参考にならないくらい実物は素晴らしいです!!是非見に行って感動して下さい。


このおっちゃん、やる気なくって最高にいい顔してるとおもうんですけど......。

とうとうデリーへ!タージ・マハルを堪能して、急行列車でデリーへ。夜に着いたので町の様子がはっきりは分からなかったのですが(私の大好きな作家、開高健は夏の闇っていう小説で、初めて訪れる町は夜に訪れるのがいいと書いていますが、確かに次の日の朝起きてからが楽しみですよね?)、首都に着いて、ああ、この旅行もあとちょっとで終わっちゃうんだーと寂しい気持ちがしてきました。デリーではまずは帰りの飛行機の便の予約を入れないといけなかったので、エアインディアのオフィスへ行ったのですが、一杯でもうちょっと延びるとのこと。「ビザっていつ切れるんだったっけ?」と思い確認したら、もう一週間もない。(笑)これはやばいっ!不法滞在になってしまう。結局買い物がてら毎日エアインディアに日参して、ようやく取れた予約はビザが切れた直後のフライト(笑)結局延長の手続きをしないと出国が出来ませんよと言われたので、延長の申請をするはめになりました。私のインド訪問時の髪型はアフロだったのですが、インドにはサイババというアフロの神の化身がいたので、何処へ行っても「ナイスヘアー!!」ってインド人は優しかったのですが、ここでもナイスヘアーパワーを発揮して、なんとこの髪型のお陰でビザの延長料金(たしか20$位)が只になっちゃいました!皆さん、インドにはアフロで行きましょう!篠山紀信さんもアフロだったからいろいろと親切にして貰えたそうです。

ビザ問題が解決した後は、エアインディアで一緒にキャンセル待ちをした東京の馬場さんっていう登山が趣味でインドを訪問した方とお食事に行きました。その方にインドヒマラヤの素晴らしい花畑や、青い芥子の話を聞いて「また来るぞー」と決意。まちゃめちゃ単純な私ですが、ちゃんと二度目の訪問は2000年に果たしました。


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