JR四国 2000系気動車

 2000系気動車は、JR四国が保有する特急型気動車です。土讃線や高徳線、予讃線の非電化区間等を特急列車として走っています。高らかなエンジン音を轟かせ、カーブのたびに車体をくねらせながら高速で疾走するその姿は、鉄道ファンだけでなく、沿線住民をも虜にしています。ここでは、登場の経緯等も含めて2000系気動車について触れてみたいと思います。

 JR四国は他の旅客鉄道会社と比べて非電化区間の割合が高いのが特徴です。これは昔々に国鉄が、蒸気機関車を気動車に置き換える。すなわち「無煙化促進」政策を四国で推進したことに由来します。当時最新型の気動車をどんどん投入したことに加え、四国全体の1日の輸送人員が東京の品川駅と同じくらいであるという事情、さらには国鉄の懐具合の悪化等が重なり、「四国に電車はいらない」ということになったというのが定説です。そんな国鉄の姿勢は崩壊寸前まで見て取れます。国鉄がないお金を搾り出して作った最後の気動車である「キハ185系」が投入されたのも四国でした。

 国鉄最後の気動車「キハ185系」は他の気動車たちとともにJR四国に移管されました。185系は1986年の製造ですから、普通に考えれば10年20年はそのまま特急列車として使用できるはずです。それなのになぜJR四国は新たな気動車の製造を企てたのか・・・。敵は「本四公団」と「日本道路公団」すなわち高速道路だったのです。

 1988年、本州と四国を結ぶ瀬戸大橋が開通しました。JR四国も児島〜宇多津間の瀬戸大橋線を保有し、これに合わせて電化した予讃線宇多津〜高松、土讃線宇多津〜琴平間を含めて快速マリンライナー等の電車の運行を開始。しかし、非電化である高知や松山方面への列車はキハ185系やキハ181系といった気動車に頼らざるを得ませんでした。

 時を同じくして、四国内の高速道路のネットワークが徐々に広がりを見せ始め、マイカーでの移動が容易になるとともに、高速バスが運行を始めました。これはJR四国にとっては脅威であり、必然的にスピードアップを迫られることになります。

 四国内は山岳地帯が多いため、急勾配や急カーブが連続します。トンネル等を使って線路を直線的に付け替えるのがスピードアップには効果的な方法ですが、莫大な費用がかかります。そこで企てられたのが、軽量ハイパワーでカーブにも強い気動車の開発だったというわけです。

 1989年、念願の試作車が完成し、「Trans Shikoku Experimental」の頭文字をとって「TSE」と名付けられました。ステンレス製のボディにJR四国のコーポレートカラーである水色の帯をまとい、一見気動車とは見えないその外観、当時は先駆的であったLED式の行き先表示パネル、1両あたり2台搭載された330馬力のハイパワーを発揮するエンジンによる高加速度と高速性能(最高速度120キロ)、そして何よりも特徴的なのが、気動車としては世界初の実用化となる「制御式振り子」機構の搭載でした。

←2000系気動車・量産車(貫通型)。松山駅にて。

 ここで、そもそも「振り子」とは何ぞやという点について触れておかなければなりません。列車がカーブを通過する際、遠心力がかかります。これを打ち消すために「カント」といって、線路を内側に向けて傾斜をつけているのですが、それでも脱線を防ぐためにある程度は減速せざるを得ません。で、減速を可能な限り抑えるにはどうしたらよいのか。ここでヒントになるのが運動会の徒競走。トラックのカーブを回るときに重心を下げ、上半身を内側に傾けます。これを応用し、台車と車体の間に「コロ」や「リンク」を入れ、カーブを通過する際に遠心力で車体を傾斜させるシステムを採用したのが「振り子式列車」です。日本では1972年に「381系電車」として中央西線の特急「しなの」に投入、その後1978年に紀勢本線の特急「くろしお」に、1982年に伯備線の特急「やくも」に投入されスピードアップに貢献しました。

 381系のシステムは「自然式振り子」と呼ばれるのですが、これは車体がカーブに差しかかったあとに傾斜が起こることから乗り心地が悪く、乗り物酔いを起こす人が続出。これを軽減するために、カーブに差しかかる前にあらかじめ機械的に車体を傾斜させるシステムを搭載したのが「制御式振り子」と呼ばれるものです。

 気動車はエンジンのパワーを、「トルクコンバータ」という液体式変速機を介して台車に伝えて走ります。振り子によって車体が傾くとエンジンのパワーが正確に伝わらなくなるというのが定説でしたが、「TSE」は2台のエンジンから生じる回転力を相殺することによってこの問題点をクリア。こうして世界初の「振り子式気動車」かつ日本初の「制御式振り子車両」が誕生しました。

2000系気動車量産車(非貫通型)+N2000系×2の三連。岡山駅にて。
 登場後、土讃線特急の「南風」や「しまんと」の臨時列車として走り、翌年から量産化。1993年の予讃線宇多津〜伊予市間電化に伴い、高松〜松山間の「いしづち」、岡山〜松山間の「しおかぜ」は電車化され、宇和島へ直通する2往復のみを除いては撤退しましたが、その他の線区ではその性能を遺憾なく発揮しています。

←2000系気動車量産車(側面)。
 1995年には「N2000系」と呼ばれる改良版が登場。エンジンは1機当たり355馬力に強化され、最高速度も130キロに向上。車両前面の形状と塗色の見直しも併せて行われました。「N2000系」群は主に徳島〜高松・岡山間の「うずしお」で活躍しています。また、最近では賛否両論ありますが、四国出身の漫画家やなせたかしさんの作品である「アンパンマン」を車体にまとった「2000系」編成も出現。話題を呼びました。

←2000系気動車(アンパンマン編成)。

 また、余談ですが、智頭急行のHOT7000系「スーパーはくと」(京都〜鳥取間)、JR北海道のキハ281系「スーパー北斗」(函館〜札幌間)、同じくキハ283系「スーパーおおぞら」(札幌〜釧路間)、JR西日本のキハ187系「スーパーまつかぜ」(鳥取〜益田間)、「スーパーいなば」(岡山〜鳥取・智頭急行経由)、「スーパーおき」(鳥取〜新山口)は2000系気動車の技術を活用して作られたものです。

 Mr.T的には、ほぼ常時力行、120キロで疾走する予讃・内子線の伊予市〜伊予大洲間を走る2000系が大好きです。加速感、スピード感、そして右へ左へと車体をくねらせる制御式振り子の醍醐味・・・。登場から15年余りが経過して、多少くたびれてきた感も否めませんが、制御式振り子気動車のパイオニアとして今後も活躍を続けて欲しいと思います。