●日本写真の開祖
 (初めての方はこちらから
上野 彦馬 下岡 蓮杖
彦馬&九一 

●維新三傑
西郷隆盛  大久保利通    木戸孝允

●維新十傑 (三傑除く)
小松帯刀  大村益次郎 
前原一誠  広沢真臣 
江藤新平  横井小楠 
岩倉具視
 
●幕末四賢侯
松平慶永  伊達宗城 
山内容堂  島津斉彬

●幕末四大人斬
河上彦斎  中村半次郎 
岡田以蔵  田中新兵衛

●明治の元老
伊藤博文 黒田清隆 井上馨
山縣有朋 松方正義  大山巌 西郷従道 西園寺公望
桂太郎

●内閣総理大臣
伊藤博文 黒田清隆 山縣有朋 松方正義 大隈重信 桂太郎 西園寺公望

●お札の肖像
岩倉具視 高橋是清 伊藤博文福沢諭吉 新渡戸稲造
夏目漱石 野口英世 樋口一葉
板垣退助


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森鴎外(森林太郎)

小説家、陸軍軍医総監=中将 相当)1862年2月17日(文久2年1月19日)? 1922年(大正11年)7月 9日)
森鴎外 森鴎外 ・明治文学に於いて夏目漱石と並ぶ文豪です。
幼少の頃から大変聡明な人物で、第一大学区医学校(現東大)に年齢を2歳若く偽り入学し19歳で卒業、その後陸軍軍医になります。長州藩出身の森林太郎は山縣有朋など長州派閥の贔屓もあってか最終的に軍医総監(中将相当)に昇進し陸軍軍医のトップになります。
森林太郎に付いて私が思うのはやはりこの陸軍時代における脚気惨害への対応です。脚気は古くから認識されている病気で、当時致死率10%と言う恐い病気でありました。当時原因は分かりませんでしたが、経験的に麦飯を食する事が効果があると言われ、海軍の多くと陸軍の一部で効果が実証されていました。しかし軍医部長の林太郎は脚気伝染病説を強く主張し日清、日露戦争に現地から麦食給与の要請があるも一切無視し続け、麦飯禁止令までだす始末、結果的に日清戦争では戦死者977人に対して脚気による死亡者は4064人。日露戦争に於いては陸軍戦死者約4万6400人、脚気による死亡者約2万7千人が死亡する事態となります。戦わずして、これだけ多くの死者を出した事は敵が利するだけでなく、病死者一人ひとりの気持ちを考える時「御国の役に立てなかった」(こんな言葉も嫌いですが)という無念な思いで死んでいったかを考えると胸が痛くなります。