

| 院 長 の 略 歴 | ”シェルフォア-” 琵琶湖瀬田川唐橋下 |
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| 昭和18年2月 | 大阪市に生まれる。 うお座 ・ A 型 | ||
| 42年 | 京都府立医科大学 卒業 (学生時代は端艇部-ボ-ト部-に所属) | ||
| 44-55年 | 京都府立医科大学 研修員、研究科学生、修練医として在籍、勤務 同 大学 第三内科(主任増田正典教授) 内視鏡研究室(室長川井啓市講師)に所属 |
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| 45-46年、 49-51年 | 国立福知山病院 内科勤務 (49-51年 消化器科医長) | ||
| 54年 | 京都府立医科大学大学院 博士課程修了 学位主論文 「非特異性食道炎に関する組織学的、並びに臨床的研究」 |
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| 51-55年 | 社団法人 愛生会山科病院内科勤務(消化器科医長) | ||
| 55年 | 泉北ニュ-タウン光明池地区、泉北高速鉄道光明池駅前にて、 酉家内科胃腸科クリニックを開設 |
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| 平成元年 | 医療法人酉家内科胃腸科クリニックを開設、同法人理事長並びに院長。 現在に至る。 |
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| 認定医等 | (社)日本内科学会 認定内科医 54949号 (昭和63.10.01) | ||
| (社)日本消化器内視鏡学会 認定医 10999号 (昭和56.12..01) | |||
| (財)日本消化器病学会 消化器病専門医 02519号 (昭和63.07..01) | |||
| (社)日本医師会 認定産業医 102922号 (平成14.01.29) | |||
| 所属医師会 | 和泉市医師会・大阪府医師会・日本医師会・ |
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| -- 新桧尾公園 -- | < マイジョギングコ-ス > | -- 光明池 -- |
| 私 の 趣 味 |
カメラ、音楽(ジャズ、ラテン音楽、フォ-クミュ-ジック、演歌)、鉄道、地図、お寺巡り、山登り(いわゆる「100名山」はやっと7座だけのクリヤ-dすが)等、など、「広く、浅く」です。 お寺参りも、若い頃は建物や、庭に興味をもって、カメラ片手に回っていましたが、さすがに齢を重ねるとと、信心心が湧いてきたのか、まずは車による西国三十三ヶ所を回り、無事「結願」。平成18年5月の連休に、今度は「歩き遍路」で四国八十八ヶ所も始めました。第1回は和歌山からの徳島フェリ-で四国に入り、1番霊山寺から12番焼山寺まで。同年9月の連休で22番平等寺、翌年5月に室戸岬、7月に安芸から高知、という風に連休にフェリ−や夜行バスを使っての「区切り打ち」です。平成20年は5回に分けて、高知、足摺、南宇和から伊予松山と歩を進め、年末に今治から伊予三島、翌21年は讃岐の国を打ち、年明け22年の正月、念願の88番大窪寺、「結願」を果たすことができました。足かけ5年、1200キロを超える長旅、四国の人々から戴いた、数えきれないほど沢山の「お接待」のおかげでした。お礼の意味をこめて、高野山奥之院にお礼参りで歩く一方、「遍路日記」を少しずつ、作成中です。 八十八番大窪寺門前にて |
スポ-ツは、学生時代はボ-ト部、以後はゴルフ(サンデ-ゴルファ-で30数年、上達なし。)それも最近は右膝痛や左肩痛で、とんと、ご無沙汰です。![]() 14、5年前より、山登りの準備のため、ジョギングを始めるも、試しに出場した、マラソンレ-ス(10Kmレ-スでしたが、レ-ス中は無茶苦茶、苦しかったのに、ゴ-ルしたら、無茶苦茶、爽快でした。で、ランニングにはまってしまい、今では最も重要な趣味、楽しみとなっています。 各種レ-スへの出場、90数回、フルマラソン完走27回、ウルトラマラソン(42キロ以上のマラソン)9回。22年の泉州国際市民マラソンは34キロで無念の収容バス。昨年(23年)11月の福知山マラソンは制限時間の延長に助けられ、やっとこさの完走。今年から始まった大阪マラソンや神戸マラソン、京都マラソン等など、楽しいレ-スが続出なのに、連戦連敗、次々と抽選に漏れてばかりですが、希望をつないで、チャレンジしていきます。 < -- 丹後半島ウルトラ60Kmの部 と 福知山マラソン -- > |
診察室では、生活習慣病の予防と治療に積極的に取組み、有酸素運動の必要性を話し、水泳、サイクリング、ウォ-キング、ダンベルなどを奨めています。かなりの高齢者から、若オヤジまで、さまざまの体力差をひとりひとり考えながらアドバイスする時、自分の経験がたいへん役立っています。 ランニングに取り組んでいただくと、大変、有効と考えていますが、もちろん、押し付けたりはしません。 |
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