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   院長の四国八十八カ所歩き遍路日記  

第三回 阿佐から室戸へ     

 

遍路日記、第3回室戸岬へ          

   

前回は昨年1932122日の連休を利用して第2回の遍路歩きを13番大日寺から始め、徳島市から小松島の
札所を回り、
1番の遍路ころがしとして名高い、鶴林寺、太龍寺を超えて23番平等寺まで打ちました。通常は通し
打ちと言って、八十八カ所を全部、一気に回っていくものですが、一応、現役の医師として、
2ヶ月も3ヶ月も診
療所を閉じておくわけには行きません。という訳で、少しずつ、いわゆる、区切り打ちで、分けて歩きます。今回
は第
3回として、同年4月、発心の道場、徳島から修業の道場、高知の室戸まで歩きました。

 

4月28日、夜の診療終えると、リュックにランニングシューズ、菅笠と遍路の杖を持って光明池駅を出発。難
波に出て、特急サザンで和歌山港へ。深夜の南海フェリーで徳島
325着。休憩後、徳島駅まで深夜のウオーク。
街はまだ爆睡中、駅のガラス戸も真っ暗で開かない。待
つこと1時間で、やっとお目覚め。

 

 
       
   5:47 JR牟岐線の電車(ジ-ゼル)でスタ-ト 由岐町たいの浜海岸を鉄路と一緒に   
 

今日は快晴、始発の牟岐線に乗り阿南海岸へ。前回歩いた町や寺を車窓から見ながら、朝日まぶしく、暖か
  い阿波路を行く。ローカルとはいえ、地域の足、休日の始発というのに中学生
も含め、結構、乗客が乗ってくる。
  午前7時阿波福井駅下車、前回の中断地点から再開だ。R
55号、車が多く走るも、人里から離れた過疎地のうら
  寂しい無人駅舎を、独りでスタートする。

  23番薬王寺まで20キロ、結構、遠い。途中、少しジョギングを入れながら、山道から峠を下り、海辺の町由
  岐を過ぎる。次の木岐の町で、土地のおばさんから、小石を戴く。お地蔵さ
んの絵が描かれていた。お守りにあ
  りがたくいただく。また、別の女性からは、その先を(遍
路道は)まっすぐだよ、と教えてくれる。小さなお接
  待だった。元気を取り戻し、気合を入れ
直して峠道を行く。下りの舗装道を調子に乗ってジョグしていて、ショ
  ートカットの遍路道の
入り口を見落とし、大きく遠回りするも、何とか海がめの町、日和佐に到着。予定は30
  遅
れだが、疲労は予想の倍に感じた。

 
 
       
   薬王寺から日和佐の町と海を望む やっと室戸の岬が真近かに   
     

薬王寺の本堂、大師堂をそれぞれ拝観、般若心経を読経した後、納経を済ませ、やっと昼食。讃岐うどんとい
なりすしをいただき(もちろん、生ビールつき)、次の
24番札所、はるか80キロ先、室戸岬の最御崎寺を目指す。

山道から徐々に下り、海岸沿いの遍路道を気持ちよく、だが、先を急ぐ。海部で陽も山の端にかかり、今日の
宿、東洋町生見を目前に、とうとう日が暮れ、
7時過ぎにやっと明かりの灯る宿に。ここから室戸まではサ−フィ
ン海岸。サーファーばかりの宿におじんのお遍路は場違いでした。

  疲れからか、1時間の朝寝坊!朝飯のおにぎりを2個、リュックに入れて6時に宿を出る。ここから室戸岬まで
40キロ弱。5キロ、10キロはそれこそ朝の診療前にちょこちょこっと走れる。フルマラソンでも、スタ−トの時、
いつも心うきうき、わくわくしながら楽しく走れるもの(“
35キロの壁”があって、ラスト5キロは本当に苦しい
けれど、それでもやっぱり楽しいものだ)なのに、歩く、
40キロも歩く・・ということがこんなに苦しいものとは、
四国へ来て、初めて感じた。とにかく、はるか左前方に室戸岬とおぼしき影を遠くに眺めつつ、ひたすら歩く。

左はまさに太平洋。今、南海大地震で津波が来たら、大変。途中の村々では、すべて、地震時の避難路が掲示
してあった。揺れを感じて何秒もしない内に津波がくる。いや、過日のスマトラ沖大地震の時は、一度潮が引いた
ものだ。波が引いたらすぐに右のあの崖を、駆け上ろうと真剣に考えつつ、またひたすら、歩く。

  朝から、おにぎり2個のみ、ゆっくり昼食をしたかったが、気が急いていたせいもあって見落としたのか、食
堂が見当たらない。コンビニもない。岬に近づき、やっと食堂を見つけ、飛び込む。昼もとっくに過ぎ、ごはんは
できないと。生ビ−ルだけで充分です。一息ついて、聞いてみる。客のひとりは、「先達」(何回も回っていて、
遍路の指導や道案内のできる人)だとか。店のおばさんも八十八カ所を
3回回ったとのこと。やっぱり四国。いや「お四国」。お大師信仰を核に、八十八の札所、遍路をする人、そしてお大師さんの身代わりであるお遍路さんにお接待することが、お大師さんへの自分自身の喜捨、お勤めと考える、地元の人たち全体で、ひとつの遍路ワ−ルド、「お四国」を作っているのだ。そして、自分自身も、こうして歩き続けることの出来る、健康と体力を与えてくれた、親に、そして、やはりお大師さんに感謝、感謝で“南無大師遍照金剛・・”。

  「青年大師像」の巨大な石像を過ぎると、まもなく登山口を山に入る。朝から8時間以上も歩き続けて、さあ、登山!250分、やっと最御崎寺に着く。お経を上げ、納経帖に印をもらい、寺から下る。海岸に降りるとR55号の横、旧道の土佐浜街道を歩く。静かで空気がさわやかな気持ちのよい道だ。30年、40年前にタイムスリップしたよう。土佐日記の紀貫之が都に帰るとき、寄港したという室津の港、24番津照寺で今回の遍路旅が終わった。本場のたたきを満喫した後、夜行バスで、大阪へ。明日も仕事だ。



                            二十三番最御崎寺    



 

 
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3.阿佐から室戸岬 第一日目(5日目) 和歌山港 〜〜〜 徳島港 ・・・ JR徳島駅 +++++ JR阿波福井駅 ・・・ 二十三番薬王寺 ・・・ 民宿みちしお
5.0 18.7 39.8 63.5
第二日目(6日目) 民宿みちしお ・・・ 二十四番最御崎寺 ・・・ 二十五番津照寺 **** JR高知駅 **** 大阪
35.6 6.5 42.1 105.6 251.2
二日で100キロ、特に初日は60キロ、朝の6時から夜の8時まで歩き詰めでした。