『噂』というものの胴体に、背鰭(せびれ)と尾鰭(おひれ)と、更に目と口と鰓(えら)がついたら、それは最早、別の生き物だ。

京楽は奇妙な感心と共に、そう思った。

 

 

 

 

【 空知らぬ雨の降る日 】

 

 

 

 

京楽があわや、停学・放校かという時に流れた『京楽が女生徒とシケ込んでいた』という噂は、その日1日にして激烈な変化を遂げ、大きく様相を変えた。

曰く――

『女に弱いというのは目くらましで、京楽の本命はどうやら浮竹のようだ』

『浮竹も特定の相手がおらず、満更でもないらしい』

『いやいや、実は、二人は既に山本先生も公認の仲である』

などなどなど…。

それはもはや『進化』と言っても良いくらいの激変振りで、その鰻登りの急成長と院内拡散の速さたるや、亜光速を超えるのではないかと疑うほどだった。

こんなことになった一番の原因は、一人の勇者(――確か同じ学級の女生徒だった――)が「結局、京楽くんの御相手は誰だったの?」と、京楽自身に尋ねずに、浮竹にお鉢を回した事が最大の要因だ。

彼女の好奇心を責めはすまい。

むしろ迂闊だったのは、真正直な浮竹に口止めし忘れた自分だと、京楽は思っている。

浮竹は恩師に応えた時と同じく、そして誰憚る事無く堂々と、「京楽とシケ込んでたのは、俺だ」と宣ってしまったのだ。

(やっちゃったよ、この人…!)

京楽は今度こそ我慢せず、盛大に、心ゆくまで腹の底から笑い転げたが、浮竹は怪訝な顔をするだけで、やはり自分の発言が周囲の人間にどう捉えられるのか、今一つ分かっていないようだった。

浮竹の言葉は確かに、ある意味、事実以外の何ものでもなかったが、大きな語弊をそのまま受け継ぎ、それどころか更なる大改革を遂げて、学院中に広まる所となった。

『京楽と浮竹はデキている』

浮竹の耳に入れば「何が?」と聞き返されそうだが、幸か不幸か、彼が念を押して尋ねられることはなかった。

そう、こうなれば後の祭り。

嘆いても……いや、誰も嘆いた者はいなかったが、既に時遅く、命を与えられた『噂』は当事者たちの手の届かぬところまで成長し、学院内を自由気侭に泳ぎ回っている。

二人が何も否定しないことも、この状況に拍車を掛けていた。

浮竹は、皆の浮き足立った様子が何故かを理解していないため、今一つ釈然としないようだったが、京楽はその事に関してはむしろ安堵していた。

真実を知らない方が良い事もある。

このような状況になる事を半ば予測していた京楽は、一体この噂の収束がどのようになるのかに興味を覚え、観察者のような達観した瞳で、気長に周囲を眺めていた。

『人の噂も七十五日』

放っておいても、そのうち皆忘れるだろうと、京楽は楽観的に構える事にした。

しかし、その肝の座った剛胆さが、時に仇となる事もある。

 

 

それは、『人の噂』になってから、三十七日目に起こったことだった。

 

 

***

 

 

京楽は帚と塵取りを清掃用具入れに直すと、肩の凝りを解すように大きく伸びをした。

放課後に行う一連の清掃にも慣れてきたし、今日はまだ半日しか経っていない。

にも関わらず、京楽は何をするにも酷く疲れ、一日の半分を過ごした時点で既に、けだるい疲労感を拭えない程になっていた。

首元を抑えてぐるりと右腕を回し、後ろ手に固まった筋を伸ばす。

こきり、と小さく音が鳴り、京楽は胸に残る苦さを吐き出すように、ふぅと溜め息を付いた。

右頬に手を当てて、伸びた無精髭を軽く撫でる。

頬が紅く腫れているわけではなかったが、そこは未だに深々と疼いていて、心の中心に大きな齟齬を残していた。

誰かに殴られたことがないわけではない。

もっと深い傷を負ったことだって、何度もある。

しかし物理的な痛みよりも、もっと痛切な何かが、自分の心臓をきりきりと締め上げていた。

これは恋の代償だ。

仕方の無いことだった。

思慮の欠いた行動で相手を傷つけ、返す刃で自分をも傷つけた……その結果なのだ。

京楽は人生で何度目かのその痛みにぐっと堪え、窓の外にそよぐ風と、青く繁る桜の大樹を眺めた。

「京楽、終わったか?」

背後から浮竹に声をかけられ、京楽はなるべく平時通りに「ああ」と頷き、声の方を振り返った。

そこには見慣れた姿と、見慣れた笑顔がある。

ほぼ毎日のように逢っていても飽きることなく、また変わることのないその笑顔に、京楽は幾分心が楽になり、にっこりと笑った。

「今日は割合に早く終わったね。もっと掛かると思ってたけど、これなら午後から十分遊べそうだ」

雑巾を干しに室外に出ていた浮竹は、襷で縛っていた袖口を元に戻しながら、京楽の言葉に可笑しそうに笑う。

「1ヶ月も掃除をしてると、さすがに手慣れてきたな。雑巾の絞り方のこつも掴んだぞ」

「お互い、将来お嫁さんを貰い損ねても大丈夫なぐらいだねぇ」

顔を見合わせてまた笑い、浮竹は京楽の袴の裾に付いた埃や糸屑をぱたぱたと手で叩いた。

「掃除だけ出来てもなぁ」

「あはは、ありがとう、浮竹」

今日は半日で終業の日だったが、3階大教室・2階男子便所・多目的室と、順々に二人で掃除をしていき、既に昼時を少し過ぎていた。

高く昇った陽射しは晩春とは思えぬほど強く、多目的室の窓から燦々と降り注ぐ。

京楽は葉桜の隙間から差し込む光を眩しそうに見つめ、横にいる浮竹に目を移した。

だが、浮竹は困ったような、戸惑うような瞳でこちらを見ており、京楽は驚き、具合でも悪いのかと、少し早口で問いかけた。

「どうしたの?」

それでもまだ浮竹は逡巡する素振りを見せ、しかし唐突に、手の平で京楽の額を押さえ、自分の熱との差異を比べ始めた。

「浮竹?」

「熱はないようだな」

「ボクが? ぴんぴんしてるよ?」

行動の意図が分からずに首を傾げていると、浮竹は自分の方が苦しそうな、途方に暮れた顔をした。

「だが、何か変だ。風邪でも引いているのではないのか?」

浮竹の直感の鋭さに、京楽は「ああ」と言葉にならない憶いの固まりを吐き出し、そしてほろ苦い微笑みを浮かべた。

今日一日、学院の誰も気付かなかったのに、浮竹にだけは分かったのだ。

否、もしかしたら……、彼にだけは、分かって欲しかったのかも知れない。

自分でも知らないうちに、無意識が助けを求めて信号を送っていたのかも知れない。

そう思うと少し心がほぐれ、京楽は笑いながら静かに告げた。

「振られちゃったんだ」

予想していなかったその一言に、浮竹は目を見張った。

「今朝、登校して直ぐにね…」

京楽の女性に関する交友関係について、本人の口から聞いたのはこれが始めてで、浮竹はその言葉の重さに、暫く動く事すら出来なかった。

窓から入る小鳥のさえずりすら耳に痛い。

そして何より、浮竹は部屋の暖かさを覆すほどの寒気を感じ、小さく身震いした。

「…………」

うまく言葉を返す事が出来ず結局沈黙で返し、けれども、少し考えたのち、浮竹は意を決したように口を開いた。

「…………京楽」

「ん?」

「何故か、聞いてもいいか?」

それは好奇心などではなく、純然たる素朴な疑問だった。

浮竹にとって、京楽は誰にも変え難い最良の友であり、彼が誰かを振る姿はもとより、誰かに振られる姿など、容易には想像出来なかったのだ。

京楽は女性に弱かったが、消して軽薄な男ではない。

むしろ情に厚く、浮竹の知る誰よりも、心優しい男だと思っている。

「いいよ」

京楽は「仕方ないのかも知れないけど」と、手近にあった机に腰掛けながら言葉を紡いだ。

「ボクが遊び人だから、かな…」

「遊び人?」

浮竹は言葉の意味が飲み込めず、京楽の優し気な笑顔をまじまじと見返した。

「道義に反するようなことでもしたのか?」

「いーや、二股を掛けた事はないよ。不倫もしたこと無いし」

「当たり前だ」

のほほんと嘯く京楽に、浮竹は眦を釣り上げて睨む。

生真面目な浮竹の反応を心地良いものであるかのように嬉しそうに受け止め、京楽は一旦言葉を留めた。

教室の中は慎ましい優恤とした空気に包まれていて、京楽はその暖かさに身を委ねるように、自重を机に預ける。

軽い木の板はきしきしと鳴き、だが、それに触れた手は、微かな温もりを捕らえて自然と力が抜けた。

「本気で人を愛したことなんてないんでしょ、って言われちゃった」

何でもないことのように戯けて笑う京楽に、浮竹はその笑顔を眺めながら溜め息を付き、一言、

「……見る目がないな」

と簡潔に呟いた。

「まったくだよ。こんな好い男捕まえて、そりゃあないよねぇ」

たはは…、と京楽が大仰に苦笑し、だが、浮竹は一緒に笑うどころか、呆れた顔でぴしゃりと断じた。

「違う。お前が、だ」

いつになく容赦のない浮竹の言葉に、京楽は目尻に皺を寄せて、力ない苦笑を深くする。

「あらら…、手厳しいなぁ。でも、可愛くって良い子なんだよ」

笑うと紅い頬にえくぼが出来て、さらりと揺れる黒髪がとても綺麗なのだと言うと、浮竹は眉間に大量の皺を寄せ、しかめっ面で低く言った。

「しかし、お前を振ったのだろう。どんなに可愛くても俺は好かん」

その愛想も素っ気もない、だが迷いなく断定する浮竹の台詞に、京楽は豆鉄砲でも食らったかのように、垂れ下がった眼を丸くした。

浮竹の周りには、常に、彼を慕うたくさんの友人たちで溢れている。

それは彼が人の良い部分も悪い部分も公平に見、良いものは良い、悪いものは悪いと、誰にでも正直に物を言うからだ。

しかし、自分を振ったと言う、そんな一方的な理由だけで、浮竹が特定の誰かを嫌うような発言をするのを、京楽は今まで一度も見た事が事がない。

有り体に言えば、浮竹が自分の味方をしている……、京楽はその事実に、戸惑いと、そして幾許かの甘いこそばゆさを感じた。

「ボクが酷い事したのかも知れないよ」

「お前はそんなことはせん」

縛道の初歩の呪文を唱えるよりも当然のことのように断言されて、京楽は完全に反論の意志を無くして、ぽりぽりと頬を掻いた。

「なんか、叱られてるのか慰められてるのか、分からないんですけど……」

「どっちでもない。敢えて言うなら、呆れ果ててるんだ」

気恥ずかし気にまごつく京楽に構わず、浮竹は口をへの字に曲げて言葉を続けた。

「お前は優しすぎるんだ」

京楽は吃驚を隠せない様子で、浮竹を凝視した。

「お前は本気で人を愛したことがないのではなく、本気で人に愛されるのが怖いのだろう。その人が自分を愛する事で、もっと大切な何かを失うんじゃないかと…」

浮竹と恋愛について語った事はなかったし、こんなことを話す浮竹を見るのも初めてのことだった。

だがそれ以上に、彼の語る自分の性分が余りに的を射ていて、そのことが驚愕を倍にしていた。

浮竹は呆然としている京楽に「俺が思うに…」と前置きし、微かに苦笑を浮かべた。

「付き合っているときも、いつかその女性に自分以上に相応しい者が現れたら、潔く身を退くつもりでいたのではないか? 常に相手に逃げ道を用意していて、それが、その女性には本気ではないように見えたのだろうな」

浮竹の淀みない言葉は予言者の宣告よりも重く響き、京楽は感嘆するよりもむしろ、驚きで頭が真っ白になり、座っていた机の端から刷り落ちそうになった。

京楽は級友から羨まれるほど女性にもてたが、振られるのはいつも京楽の方で、そしてその理由は大抵、浮竹が言い当てたこと、そのままだったのだ。

京楽が黙ったままでいると、浮竹は降り注ぐ陽の光に柔らかな微笑みを乗せて、ぽつりと呟いた。

「相手から少し距離を置いて、その人にとって何が一番幸せかを考えるような、そんな愛し方をする男だ、お前は」

浮竹の言葉は力強く確信に満ち、しかし、まるで幼子が手の届かない雲を掴もうと足掻くような、悔し気な声だった。

浮竹の目から見て、京楽は級友の誰よりも聡く、類い稀な慧眼の持ち主だった。

誰よりも秀でて『聡い』という事は、人よりもたくさんの『道』が見えるということだ。

そして、そのたくさんある道の中で、何が一番『善い道』かも分かるということだ。

しかし、その中で見つけた最善の道が、いつも自分にとって一番、善い道であるとは限らない――。

「だからお前は、自分の事はいつだって一番最後で……」

浮竹は聡くて優しい自分の親友を想い、苦しそうに、そして切な気に、向いに座る京楽を真正面から見つめた。

「見てて歯痒いくらい、器用なようで不器用だ」

その清廉な声音が余りにも優しさと労りに満ちていて、京楽はもう、自分が失恋した事などどうでもよくなってきた。

「そんなことも分からん女に引っ掛かる、お前が悪い」

振られたのは京楽だと言うのに、浮竹は心底腹立たしそうに、憤慨を露にして唇を歪める。

形の良い薄い唇を拗ねたように噛みしめる…、そんな浮竹の仕種が余りに幼く、京楽は大人びた言葉との落差に思わず吹き出した。

「こら、笑うな」

「笑うよ。そんなに褒められたら、こぞばゆいじゃないか」

「褒めとらん」

目を眇めて力一杯否定する浮竹に、京楽は笑いながら「はいはい」と頷き、だが心の中で、友人の不器用な優しさに「ありがとう」と呟いた。

「でも…、何で分かったの?」

「なんだ、本当にそうなのか?」

不思議に思って尋ねてみると、逆にきょとんとした顔の浮竹に聞き返されて、京楽は苦笑した。

「心眼でも持ってるのかと思ったよ」

「なんとなく、だ」

本気で驚いている京楽の様子に、浮竹はさっきとは打って変わり、照れたように、そして申し訳なさそうに頭を掻き、小さく笑った。

「お前が俺のことを分かっているのと同じくらい、俺もお前のことを分かりたいのだ」

雲間から零れた午後の陽気が窓から入り込み、浮竹の笑顔をそっと照らす。

「これくらいの知ったか振りは、させてくれ」

その暖かさに吸い寄せられるように、京楽はふらりと、腰掛けていた机から立ち上がった。

白い髪が太陽の熱を吸い、光を反射し、まるで月の光のように静謐に輝いている。

たとえ今太陽が翳っても、彼の輝きは永遠に失われることはないだろうと、京楽は取り留めもなく、そんなことを思った。

「恋愛経験ならボクの方が豊富だと思ってたんだけどなぁ」

京楽のその言葉に、浮竹は呆れ返ったように肩を落した。

「京楽……『経験が豊富』と言うのは、言葉を返せば『失敗例が多い』とか『長続きしない』という事なのではないのか?」

浮竹の忠告にぽんと軽く手を打ち、言い直す。

「あ、なるほど。じゃあ、色事経験?」

「ばかもの」

浮竹は少しきつく、無防備な京楽の脛を蹴り上げて、京楽の「いたっ」という小さな呻き声にくすくすと笑って応えた。

「正直、俺は恋愛のことは良く分からんが……」

浮竹は優然と、はにかんだ笑みを京楽に向けた。

「お前のことなら分かる。……いや、違うな。分からん事も沢山あるが、誰よりも……、一番に分かりたいのだ」

その微笑みが余りにも美しく思えて、京楽は一瞬、返す言葉を失った。

 

 

「一番だよ」

 

 

「京楽?」

かたり、と音を立てて机が揺れる。

京楽は浮竹の肩を抱き、その首筋に顔を埋めて寄り掛かった。

(ぶっちぎりで1番だよ…)

百年経っても、千年待っても、彼以上に自分を知るものは、きっと現われないだろう。

京楽はその幸運に、ただ感謝した。

「保証してもいいけど、ボクの一番はキミ以外にいないよ」

「それは光栄だな」

浮竹は目に見えて甘えてきた京楽を珍しく思いつつ、彼が今手を伸ばした相手が自分であることを、何より嬉しく感じていた。

京楽の広い背に右手を添え、そっと慰撫する。

「俺の一番もお前だぞ」

「それは嬉しいね」

「知ってるだろう」

「まぁね。でもやっぱり嬉しいよ」

「そうか」

浮竹は撫で下ろしていた手を止めて、京楽の癖のある髪を一房引っ張った。

京楽の髪が喉元で揺れ、そのくすぐったさに、浮竹は首を竦めて笑いを堪え、京楽の肩口に顔を伏せた。

しかし。

 

 

ガラガラガラ……!

 

 

「あ…っ、ご、ごめんなさいっ…!」

突然鳴り響いた扉の開く音と、続いて放たれた甲高い叫び声に吃驚して、二人同時に振り返る。

開け放たれた出入り口には既に人陰なく、掛け去っていく女生徒の足音だけが、ぱたぱたと廊下に木霊していた。

「…………? 何だ、今のは?」

不審げに首を傾げる浮竹とは反対に、何が起こったのかを明確に悟った京楽は「しまった…」と呟き、額に手を当てて低く呻いた。

「油断した」

恐らく、多目的室に教本でも忘れた生徒が取りに戻ってきたのだろうが、今のはかなり不味い。

非常に不味い。

「何に?」

訳が分からず、浮竹は相変わらずきょとんとした顔で京楽を見つめていた。

それが幸せなことかどうかは分からなかったが、とりあえず、たとえどんな『噂』が広まっても、あの駆け去って行った間の悪い女生徒を責めはすまい。

そして浮竹は勿論、迂闊にも気配を掴み損ねた自分も、責めはすまい。

これはもはや、時の運だ。

明日の朝には、火に油を注がれた件の噂が学院中で燃え盛っているだろうが、京楽は早くも鎮火を諦めた。

「浮竹……。ボク、暫くの間、彼女は作らないことにするよ」

むしろ、これから広まるであろう噂の影響で『作れない』だろうが、それは京楽なりのささやかな見栄だった。

その微妙な違いは、きっと浮竹には分からないだろうが。

「それがいい。きっとそのうち、これこそはと思うような素晴らしい人が現れる」

京楽の宣言にしたり顔で何度も頷き、浮竹はにこにこと微笑んだ。

「そうだねぇ」

当分、自分に春は来ない。

次の春の到来は、何時訪れるとも知れぬほど遥か遠くに感じ、だが、もう二度と見ることが適わずとも良いと思えるほど、心は晴れやかだった。

自分の『一番』はいつも、直ぐ隣に居てくれる。

京楽は満ち足りた気持ちで、浮竹の袖を引いた。

「さ、帰ろっか」

「ああ」

自分の隣で微笑む友の笑顔が、いつも以上に、涼やかに凛として見え、京楽は目を細めて微笑みを深くした。

 

 

***

 

 

心の中に、空知らぬ雨が降る。

天も、地も、誰も知らないはずのその雨は、密やかに心を冷やし、温もりを奪い、色沈む世界に降り注ぐ。

けれども、世界でたった一つの太陽が、暖かな目に見えぬ光で世界を照らし、暗い雨露を払っていく。

その光で満たされた後に残るのは、夏の始まりのように清涼な、鮮やかな空の青さ。

 

 

そして、薫り高い新緑の輝きだった。

 

 

 

 

古典的と言うよりもベッタベタな話でスミマセン; 京楽さんは女性にもてそうだけど、その分、振られてそうだなぁと思いまして(笑)京楽さんが振られるならこんな理由かなぁと妄想して、こんな話になりました。てか、二人の捏造振りに拍車が掛かってます…。自分の脳みそが怖いよ…。

あと、『空知らぬ雨』というのは「涙」のことでして、グーの辞書機能を使ってた時に偶然知って、いつか使いたいな〜と狙っておりました。漢は心で泣くのです…!

 

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