2.ケベック    (3rd ed)
  モントリオール市内観光の後、VIA鉄道でケベックまで約3時間の旅です。
 我々一行は、「先週は雪が降った」という情報と、北に移動ということで“冬の服装”です。
 ところが、その日、日中は23度にもなったそうで、土地の人の中には半袖で歩いているのも見かけました。
     カナダの天気予報は広大な土地からか大変に大雑把で、“晴れたり曇ったり所により雨”の形式が多いそうです。
     事実、モントリオールでは 朝曇り、昼頃晴れてきましたが列車で移動中一時雨がパラパラとし、
                    再び晴れて、 ケベックでは薄曇りで一寸雨がぱらつくという天気でした。
  TVのニュースでも最後に一寸だけ天気予報はケベック○○、モントリオール△△と出るだけでした。ひろいですからネ! 
  日本のように気圧配置まで示してのニュースは見られず、きめ細かい予報は無いそうです。

  鉄道の車窓からは、見渡す限りの平原。森や林の間に広大な畑とぽつんとある住宅。畑はトウモロコシの収穫が終わり人影は全く見えません。
 車窓から見る森や林の木々は大木と思えるものは見あたらず、木々の背は高く、まっすぐですがあまり太くな いようです(土地がやせている)。
 しかし、車窓から見る、紅葉は黄色から真っ赤と変化に富み全く見事なものです。でも、延々と続く同じ様な景色に見飽きてしまいました。
 おまけに冬支度で暖かくなり、旅行2日目の疲れと寝不足から、みんな1時間以上を寝てしまいました。
    (VIAの各客車両には 出入り口近くの窓に「ハンマー」(杖の長さ約50cm)が設置してありました。説明によると、事故の時、このハンマーを使って脱出してくれとありました。
      窓を破るのでしょうか? 窓に開閉機構は見あたりませんでしたから。)
     (列車のプラットホームへの到着一は“ええ加減”で、“このあたり”と言われた所から2両近く離れていた。 車掌さん曰く 「同じ位置に止まるなんて奇跡だ」 ですって!
     日本の新幹線が指定位置に停車するのを宣伝すべき!です。)
 寒いと言う予想とは違って、午後5時到着したケベックは暖かく曇りでした。
 駅の外観は中世風のなかなかしゃれた建物ですが、プラットホームなど内部は暗く狭かったです。
  VIA駅は新市街にあり観光バスで旧市街のホテルへ移動です。
 旧市街は小高い丘にあり、周囲を城塞で囲んでいる中世ヨーロッパのたたずまいです。
 旧市街は外観を保つために、改築には厳しい規則があるそうです。
        もっとも道路は工事中だらけ、冬の間は凍結で工事出来ませんので、今の時期に集中しているからとのこと。
                                                     (どっかの国の2−3月みたいに?!)
 今夜の宿泊ホテルはケベックというと紹介されりる 「シャトウ・フロントナック」 です。外のどこからみてもすばらしい景観です。
 建物は、提督の住宅として建てられ、後ホテルとして改装されたものです。
 我々の宿泊した部屋は外部の建物(写真で見える)を、内部で繋いだ棟の部屋で、外からは全く見えない位置の部屋でした。
                                                    (当然、部屋から外の景色は空以外全く見えない!)。
 重厚な作りで、ロビーなどやや暗いと言う印象もしますが、手の込んだ装飾がほどこされています。
 まあ、団体旅行ですから、こんなホテルに泊まれたと言うべきでしょう。
       
               
         ホテルは写真の右側(西)が玄関で、写真は東南側から撮っています。
                大砲はセントローセンス河に向かっている。

   河辺から。 木々とホテルの間がテラス。

  “城塞に囲まれている” と言ったように、まずフランスが入植して町をつくり、(ここはフランス語圏、町はフランス風)
   フランス−イギリス間の植民地戦争を経てイギリス領となり、カナダとして独立しました。
 写真下方に見える大砲の列はセントローレンス河に向かって下っており、三方を崖に囲まれた堅固な要塞でも有ったのです。
 ところが、北方が河からなだらかに丘となっているのを発見したイギリス軍に、ここから(この城塞の後方)攻められ敗退し、イギリス領となりました。
            (現在、この戦場跡は「戦場公園」として整備され、所々に河から引き上げられた沈没船の大砲が置かれています。)
従ってイギリス領だったのですが、アメリカの独立戦争の 影響を避けるため(この地も独立やアメリカとの併合を避けるため、地元民優先で)、
イギリス領で唯一、英語でなくフランス語が公用語の場所です。 もっとも、ほとんどの人が仏、英のバイリンガルですが。
  でも、どこから見ても絵になる風景でした。おまけに紅葉が美しい。(でも、他の外国人は日本人ほど感激しない見たい!)
 
       
        河岸から見上げたホテル。

 ホテル前の広場。 中央奥は市役所。

  ホテル近くの小公園の木々。
  中央はセントローレンス河で対岸(東側はニューヨーク州と陸続き、ナイアガラの滝からアメリカになる。)の間で連絡船(フェリー)が運航されています。
かつては冬の期間は氷結したので、徒歩、橇で渡れたそうですが、現在は完全に氷結しないし、砕氷船で完全凍結を防いでいるそうです。(連絡船年中運行)
ホテルから断崖に向けてテラスが設けられ、一般路(人だけ)として利用されています。 ここからの対岸の眺めはすばらしいものです。
    
            
           ホテルのモントナックの裏手に相当するテラスからの写真。
           連絡船が行き交っています。これは夕暮れです。

  地平線から昇る太陽。
  美しさに見とれ、昇ってしまった太陽の写真に!
  次の朝、地下食堂(ホテルの玄関から見て地階。河河は崖なので外は開けており、地下といってもテラスと同じ床面になっている。
  朝7時、まだ眠いけど早めに来た食堂。 客も少なく、窓際の良い席へ案内されました。
   ぼんやり座っていると、なんと朝日! 念願だった地平線から昇る太陽(右上)です。
               美しさに見とれて写真に撮るのを忘れ、写真のように昇ってしまった太陽になってしまいました。 でも、バンザイ!

  この日は、バスでケベック近郷のオルレアン島への観光。
        

モンモランシーの滝
落差83m。
冬はしぶきが凍り、氷の山が出来るのだそうです。
写真中の右側河辺に人です。  
         (大きさを比べてみてください。) 
滝の上には橋が架かっています。
      (ナイアガラの滝より落差は大きい。)                                      


                     カナダ最大の教会

                
           ケベックの伝統的な料理を食べさせてくれるレストラン(裏手)。

 レストラン周辺は、シロップをとるためのメープル林です。

  ケベックの伝統的な料理(メープルシロップをふんだんに使っている)、を食べさせてくれるレストランでの昼食。
  素朴でおいしいのですが、少し食べるには良いが、連日となると・・・・              
  木造平屋(丸木小屋風で、長テーブル)での食事。 食事の途中で、フォークソング(に相当する)の演奏があり、スプーンをかたどった木製(長さ約30cm)
  が2−3本着いた“楽器”(カスタネットの様にならす)で“手拍子”を入れる。(ちょっとヤカマシイ)
   
  シロップは2−5月に採取でき、1本の木から1日約1リットル。 これを煮詰めて、約(1/50)の量にするのだそうです。
  手間、と言うより、気の長い仕事です。(しかし、こんな寒いところにも“砂糖”の取れる木なんて、なんと巧妙な自然の配慮!)
  上記のシロップを更に煮詰め、雪の上に帯状にたらし、スティック(アイスキャンデーの棒)を、押しつけながら巻き取っていきます。
  これがオヤツだったのだそうです。
     我々も参加。昔あった透明で水飴の感じの“オヤツ”が出来上がりました。
     土地のオヤツと言うことでしたが、水飴を思い出し、なんだか懐かしかったですヨ。
                  

  帰りのバスのなかで、突然 “変な匂い!” なに? 今まで嗅いだ事のない悪臭。
 ガイドさん曰く 「これがスカンクの匂いです!」 「これを嗅げたのは幸運ですヨ!」
 先行した車(おそらく数台前とのこと)が野生のスカンクを轢いたのです。それが後続の我々のバスの中まで匂ってきたという次第です。
 バスは窓は密閉(開閉機構なし)、車内はエアコン(当然どこも開いた窓はない)している中まで匂うほどに強烈です。
  スカンクの匂いは油性なのだそうで、轢いた車は、約3週間もの期間、なにで洗っても、どんなに洗っても匂いがとれない程に強烈だそうです。
 従って当然に避けている(動物愛護からだけではなく)のだそうですが、その匂いを嗅いだのです。 だから ““幸運”” ですって!
 昨年のツアー客で嗅いだ人が、「「この旅のハイライト!」」 と言ったとか・・・・・・・・
 先ほど教会を見物しての帰りというのに!!!  (かわいそう!)  まあ今後経験することは無いでしょうか・・・・