西暦→ ↓車名
'80 '81 '82 '83 '84 '85 '86 '87 '88 '89 '90 '91 '92 '93 '94 '95 '96 '97 '98 '99 '00 '01 '02 '03 '04 '05 '06 '07 '08 '09 '10 Yamaha RD50 ● ● ● ● Yamaha XJ400D ● ● Yamaha Passola ● ● Suzuki GSX750S ● ● ● Yamaha FZ750 ● ● Yamaha DT125R ● ● Honda DAX50 ● ● Suzuki Hi50 ● ● ● ● Suzuki DR250 ● ● ● Kawasaki GPZ900R ● ● Yamaha GT150 ● ● ● ● Yamaha SRX600 ● ● ● ● ● ● ● ● ● Yamaha majesty ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● BMW R1150R ● ● ● ● ● YAMAHA SEROW225WE ● ● ● ● KAWASAKI KSR-U ●
■ YAMAHA RD50
空冷2サイクルピストンリードバルブ単気筒 49cc
6.3ps/9,500rpm 0.50kg-m/8,500rpm
11万9千円 (中古価格1万5千円)
私が初めて所有したバイクである。
当時高校の友人の友人の友人?(実はよく知らない。)
から1万5千円で譲り受けたもの。
確か泉大津の市役所の前で売買契約(口約束)。
前所有者に金を渡すと市役所ですぐに廃車して、
書類と鍵を渡してくれた。
当時何も知らない私は、仮ナンバーをつけず
にナンバーなしで、泉大津から自宅まで走って帰った。
友人たちの新型バイクと比較すると見劣りする旧型だったが、
いろんなことを私に教えてくれたバイクである。
バイクの基本操作、バンクする楽しさ、チェーンの調整やシリンダーヘッドを開け、
ピストンリングの交換。
テントをつんで那智勝浦まで友人2人で出かけたキャンプツーリング。
当時つき合っていた彼女の家まで連れて行ってくれたのもこのバイク。
白バイに捕まり、家庭裁判所にオフクロと一緒に出頭させてくれたのもこのバイク。
私のバイク人生のなかで一番思い出深いバイクであろう。
しかし、中免とってXJ400Dに乗るようになって、なんとなく廃車にして、バイク屋に
処分してもらったのだが、今思えば、廃車にせずに置いておいても良かったかな?
いま乗れば、レトロで注目浴びるのになあ。
■ YAMAHA XJ400D
空冷4サイクルDOHC 4気筒 398cc
45.0ps/10,000rpm 3.50kg‐m/8,000rpm
45万2千円
「XJ400D:精悍なブラックのDOHC4気筒エンジンが
走りを予感させる。クリフカットのシャープな4本マフラー。
その装備がライダーを引きつけてやまない。」
(カタログより引用)
自動車学校に通い、自動二輪免許(中型限定)を取得した
私は、とても楽しい、そして苦しい瞬間を迎えた。
バイク選びだ。
当時(1981年)ホンダからCBX400Fが発売された
ばかりの時期だった。
私の選択肢は、
・ホンダ CBX400F ・ヤマハ RZ350 ・ヤマハ XJ400
・スズキ GSX400F ・カワサキ Z400FX
この当時、魅力的なバイクが多くて、えらく悩んだものだった。
カタログを毎日眺めて、なかなか決められなかった。もし、今、選ぶとしても悩んでしまうだろう。
(それにしても、現在発売されている車種の少ないこと。)
エフペケは、基本設計が古いし、カワサキは、転倒したときの部品調達が遅い。
アールゼットは煙吐くし、やっぱDOHCはええよな。
ガスペケか、ペケジェーか、シービーか。
悩みに悩んで、“YAMAHA”のエンブレムに惹かれてしまい、XJに決めた。
今は無き“YSP大阪南”に行き、XJ400の購入を店員に相談。
店員の勧めで、XJ400Dに決めた。ベースのXJ400の2万円アップで、
4本の竹やりマフラー、ハロゲンヘッドライト、アジャスタブル式リアサスなどが付いて
いる。諸経費に用品(ヘルメット、グラブ、ブーツ)をつけてもらい、
ジャスト50万円で契約した。
納車された日は、ガレージに入れて、眺めたり、あちこち触れたりで、時間が過ぎる
のも忘れ、何時間もXJ400Dのそばにいた。
初めての長距離ソロツーリング(信州方面)。原水禁大会の広島へも出かけた。
天野君と六甲山や能登半島ツーリングに行ったのもこのバイクだった。
門真に限定解除に通ったのもこのバイクだった。
このバイクにもいろんな思い出がある。限定解除して刀の下取りに出してしまった
が、金に余裕があれば、手元において置きたかった。
(バブル景気の時に、新車価格ぐらいのプレミアがついていた。惜しかった。)
今のバイクに比べれば、パワーが無い、バンク角が無い、メカノイズが多い、重いな
ど大した性能は無いのだが、これぞバイクというスタイルや楽なライポジなどいいと
ころもあった。
■ ヤマハ パッソーラ
諸元不明
ヤマハ パッソルの兄車種で、私の高1の時期に大ブレイクいたバイクである。
初期型では、キックのみであったが、後に“エレクトリック パッソーラ”としてセルモータが装備された。
巷にスクーターがあふれ始めた頃でもある。
パッソーラは当時、良くパクられたバイクでも有名である。
フロントのフレームカバーをはずし、カプラ―を切っただけで始動したらしい。
ハンドルロックもキックの一蹴りで外れた。
私も緑色のパッソーラを所有していたが、見事にパクられてしまった。
パクられた私は、交番で盗難届を出しに行ったのだが、そこでの会話。
警官「盗難の被害総額を書かねばならん。大体いくら位かな?」
私「5万円ぐらいです。」
警官「大切なものだとは、わかるが、世間的相場で言ってもらわんと」
私「3万」
警官「えっ」
私「1万5千円です。」
警官「ハイ、1万5千円ね。」
中古のバイクとはいえ、交番で価値を値切られるとは思わなかった。
(後日、パンクしただけの姿で、無事に手元に戻ってきました。)
特にこのバイクでツーリングしたことは無く、もっぱら通勤用のバイクでした。
交通ストライキや大雨で交通が麻痺したときに大活躍でした。
噂によると“立ち乗り”で伏せ姿勢でフルアクセルくれると最高速が伸びるらしいですが、
残念ながら試したことはありませんでした。
当時のライバルは、・ホンダ タクト ・スズキ ジェンマ ・ヤマハ ベルーガ などがあり、
今思えば、パッソーラ VS タクト から YH戦争がはじまったのではないでしょうか?
唯一、このバイクの自慢は、バックミラーを“ZUミラー”に換えていたことぐらいです。
このバイクはその後、”OGASAKA GF 195cm”というスキー板とトレードされてしまいました。
■ スズキ GSX750S(国内750刀)
空冷4ストローク4気筒DOHC4バルブ 747cc
72ps/9,000rpm 6.3kg-m/7,000rpm
標準現金価格 647,000 (1983年)
「このフォルムをイメージしたとき、頭の中では、すでに
10年先を走っていた。 H・ムート」(カタログから引用)
限定解除のため、幾度と通った門真運転試験場。
当時、合格率は5%未満といわれ、事前試験、1次試験、
白バイ伴走の2次試験と続く難関。
私が合格した日も合格者は、私を含めて2名のみ。
そんな難関を乗り越えた訳やから、一目でナナハンに
乗っていることを回りにアピールできるバイクが欲しかった。
(割りとミーハーやね)
特徴的なスタイル、いかにも大型車両 4気筒DOHC4バルブの
メカニズムなどなどで刀に決定。
本当はイレブンが欲しかったが、やはり高嶺の花
(当時逆輸入で車両のみで90万円を超えていた)。
750にイレブンハンドルキット(ミラー、ブレーキマスタを含む)を
組んで、納車してもらった。
当時は、カスタムは違法。検問等で聞かれたら
「ハンドルの交換は自分でやった」と言うように店員から言われた。
幸いにも“刀狩り”に遭遇することなく、また免許の条件確認のための職質にも合う
ことは無かった。
聖 秀吉(バリバリ伝説)のような芸術的ライディングを目指したが、
割りと事故が続いた。
ソロツーリングで日光に向かっていたある日。
群馬の国道で車の左折に巻き込まれた。
車は、国道沿いの空き地に入るために左折したのだが、
突然ウィンカーもなしに曲がった。
その車を左からすり抜けようとした私は、よけることも出来ず、
車の横っ腹に突っ込んだ。
私は、皮ツナギ着用していたため、怪我は無かった、
が、バイクは左に倒れて、クラッチレバーをホルダーごと折ってしまった。
群馬の田舎での出来事。町のバイク屋に運んだが、部品が無く、軽トラの荷台に
バイクを載せ、前橋市のスズキの部品センターまで運んでもらった。
で、事故に関わる費用については、本来私にも過失はあるのだが、
相手の車が社用車であり、その社長がいい人で全ての費用を相手側が負担してくれた。
また、丹後半島をこれまたソロツーリング中に自爆した。
峠の途中でリアタイヤがスリップ、出っ張ったクランクケースを軸に回ってしまった。
これまた、ライダーは無事だが、バイクが・・・
倒れたバイクを引き起こすとクランクケースの削れた部分からオイルが一筋の放物線
を描いて噴出した。
あわてて指で抑えようとしたが、熱くて無理だった。仕方なくオイルの噴出を眺めて
いるしかなかった。オイルが出きってしまっては、エンジンをかけることは出来ない。
通行する車を止めて、峠の下の村まで乗せてもらい、バイク屋を探す。が、無い。
スズキの看板を上げている自動車整備工場(何台かバイクが置いてあった)に頼んで
みる。店のおっちゃんがバイクの引取りを心安く引き受けてくれた。
軽トラで峠までバイクを取りに行き、おっちゃんの所に預かってもらうつもりだった
が、おっちゃんは修理するという。
削れたクランクケースをはずし、削れて穴のあいたところにドリルで穴を開ける。
クランクケースに真円の穴が開く。そこに車のタイヤパンク修理用のゴムを打ち込む。
クランクケースを組み込み軽四輪用のエンジンオイルを入れる。折れたクラッチレ
バーの替わりに店の奥からハスラー用のレバーを持ってきてつけてくれた。
「これで、大阪まで帰れるやろ。帰ったらちゃんと修理しいや」とやさしいお言葉。
修理代も、パンク修理?プラスアルファぐらいにしてくれた。
思い起こせば、悪い出来事が多いバイクであった。
また、イレブン用のハンドルを付けてポジション的にも辛いバイクでありました。
■ ヤマハ FZ750
水冷4サイクルDOHC5バルブ 749cc
77ps/9,500rpm
7.0kg-m/6,500rpm
価格 79万8千円
限定解除後に購入したGSX750S(刀)のポジションや
プアなブレーキ(1100用のマスターに交換したため?)
そして、ツーリングのたびにパンク(刀のタイヤはチューブ
だった)に襲われたため、乗り換えを考え始めていた。
そのときにヤマハからFZ750が発売された。
ジェネシス思想によって生まれた4ストローク水冷
インライン・フォアDOHC5バルブのパワーユニット。
今までのヤマハの750ccには無いスポーティーなスタイル。
革新的なメカニズムの数々・・・非常に気になる存在になった。
YSP大阪南でFZの試乗会があり、早速試乗してみた。
ヒュイ――ンと吹けあがり、図太いトルクが盛り上がる。
ハンドリングのヤマハらしい落ち着いた操縦性、
走行安定性もGOOD。
試乗会の日にGSXを下取りに出し、FZの購入の話をつけていた。
シルキーホワイトと濃青と赤いライン、ブラック塗装のエンジンに金のカムカバー。
DOHC5バルブというハイメカ。スイッチをオンにするとキャブに燃料を送るため
の電磁フュエルポンプが「チッチッチ」と鳴り、他のバイクとは違うのだ!
と私を興奮させた。その乗りやすさ、自分のライディングが上達したかのようだった。
このFZで北海道ツーリング(佐藤君と共に)に出かけ、友人たちと信州ツーリングにも
行き、彼女(現在の嫁さん)とのラブラブタンデムにも行った。
また、ソロツーリングでも、東北・関東方面へとあちこち行き、多くの思い出を私に
与えてくれたバイクである。
大きな事故も無く、転倒も無かった。(一度だけUターンのときに立ちゴケしてしまったが・・・)
しかし、私は、彼女(くどい様やけど今の嫁さん)とのラブリーな時間を過ごすために
やはり自動車が欲しくなり、FZはその資金へと姿を変えてしまった。
しかし、そのときは“恋愛”という熱病に罹り、思考回路が狂っていたようである。
非常に気に入っていたバイクなのに・・・残念である。
出来れば、もう一度駆ってみたいバイクである。
■ヤマハ DT125R
水冷2サイクルクピストンリードバルブ単気筒 124cc
やっぱりテクを磨くには、オフロードやね。
通勤にも軽くて、小回り利くし125ccやったら任意保険も車のファミリーバイク
特約つけれてお得やサカイ。てなわけで購入したオフロードバイク。
通勤にはもってこいでした。パワーもあるし(2速でウイリー)、軽くて面白いバイクやった。
ある日、リアのタイヤを交換してすぐに、堺東の交差点でかっこよく左折を決めるつもりで突っ込んで、
転倒した失態を演じたこともあった。
北海道へツーリングに佐藤君が行くとの情報を得て、どうしても一緒に行きたくなった私は、このDTを
N内に譲り渡し、旅費にしてしまった。
そのおかげで、楽しい北海道ツーリングを経験することが出来た。
DTが北海道ツーリングになり、泡となって消えていったぁぁ・・・
■ホンダ DAX
空冷4サイクルOHC単気筒49cc
3.5ps/7,500rpm 0.37kg-m/6,000rpm
もらい物
初めて私が所有したホンダ製のバイクである。
係長であった本田さんから貰ったもの。
貰った時はオリジナルの状態であったが、アップマフラーをシャリのダウンマフラーと交換した。
通勤用として使用していた。朝の府道13号線は、アクセル全開モード。
その姿を見たクラブメンバーもいるだろう。
一説によるとかなり可愛かった?らしい。しかし、貰った時にすでにガタが来ていて
(チェーンなんか伸びきっていたので、1コマ詰めて、使用)
家でもジャマになってきたので、廃車にした。
ナンバープレートが無いまま、しばらく市役所の駐輪場に駐車していた?のだが、知らぬ間になくなっていた。
「かあさん、僕のあのDAX、何処へいったんでしょう?」
■スズキ ハイ
諸元不明
3メーカーの加熱気味のスクーター販売合戦にスズキが投入したハイパワースクーター。
(カワサキだけが冷ややかに静観していたようだが。)
当時のハイパーなスクーターは、ヤマハJOG、ホンダDJ1、ヤマハチャンプ、変り種としてはホンダビート
(車じゃないよ)などがあった。
その時期、メーカー主催でスクーターレースが行われており、わがTFのメンバーもエントリーしていた。
レースに少しでも有利になるようにと、私が購入したのがスズキ ハイであった。
YESS主催のレースでは、他メーカークラスに出場した。
(レースはクラスが分かれており、JOGクラスやミントクラス、YSR(ミッション車)クラスなどがあった。)
しかし、マシンは、改造が許されていなかったので、互角。テク勝負になった。
レース前、何回か堺カートランドで練習したが、レースではいい結果は残せなかった。
やっぱ、第一コーナーの突っ込みですな。最初についた差は、縮まりません。
結果は、別にしてレースというのは、なかなか良いものでした。仲間が集まりワイワイと賑やかに騒ぐ。
私にとっていい思い出になっております。
■スズキ DR250SH
空冷4サイクルSOHC4バルブ249cc
29ps/8,500rpm
2.5kg-m/7,000rpm
価格48万4千円
マイカー獲得のため二輪の世界から足をあらい、
一般人になり結婚もした。
そして、嫁さんが妊娠して、もうすぐ父親になろうかと言う
時期に、なぜかバイク人に戻ろうと思った。
バイクの虫は治まらなかったのだ。
嫁さんに毎日毎日「バイク買って!」とせがんだ。
嫁さんからの条件は「子どもが5歳になるまで」と
言う事で許可してもらった。
当時、団地住まいのため、人気車はいたずらの対象に
なりやすいので、やめた。
ツーリングをメインに考え、オンオフ問わず、
マルチパーパス的なものに的を絞った。
スズキのジェベルが発売されたので、これに決めようかと
思ったが、訪ねた店にDR250SHが有った。
ジェベルと同じエンジンやし、値段も魅力的な値引きやった。
それにセル付き、車高調整機能もつき、倒立サス、リアキャリア付き
などなど、装備も充実している。
というわけで私のバイク人生再出発1号機となりました。
さて、TFのツーリングに復活はしたものの、ベビーを持つ父親の身。ツーリングの早退やキャンプツーリングの日帰りなど辛いものであった。(参加できるだけでも幸せ者ってか?)
たまに高野山の方の林道にもアタックしたこともあったけ。まあトレッキング程度かな。
車高調整機能は便利で、Hモードにして車体を上下に動かしてやると車高が上がり、
Lモードにすると一気に車高が下がる。「プシューッ」て感じ。
状況に応じて車高(足つき)を替えれた。
パワーもなかなかのもので、TF秋の乗鞍ツーリングの際は、帰りの高速でハイスピードバトル。
BMWも一気に抜き去る。(すぐにぬき返されたが・・・・)でもやっぱり250単気筒オフモデルでは辛かった。
時には、黒アリの巣になっていたことも有ったけ。(山口さん発見する)
黄色で目立つ可愛い奴でした。
しかし、またしても悪い虫が騒ぎ出した。「ビッグマシン、ビッグマシン」と騒ぎ出す。
あぁ、またしてもマイバイクは進化のために下取り車と化してしまいました。
■GPZ900R Ninja
水冷4サイクル4気筒DOHC16バルブ908cc
86ps/9,000rpm
7.3kg-m/6,500rpm
価格79万9千円
なぜだか、急にビッグバイクに乗りたくなった。
もう2度とオーバー750に乗る機会がなくなる
のではないか、と思った。
1度はオーバー750に乗っておこう。
そう思って、DRを下取りに出して
赤いGPZ900Rを買った。
どうしてNinjaなのか?
まだ、私がFZに乗っている頃、YSP大阪南で見た木箱。
それは、ショップの常連さんの一人が注文したものだった。
木箱から出てきたのは、当時カワサキが“Z”の再来と謳った
GPZ900Rであった。
750ccのGPZもあったが、「逆輸入」のGPZは背後のオーラが
違って見えた。
その常連さんと一緒に金剛峠まで走りに行ったが、
異次元の走りだった。
その人のテクニックもさることながら、Ninjaは速かった。
そんな思い出が蘇った。で、GPZを注文した。
そして、ミスターヒロで、マフラー替えて、ハンドルもアップハンドルに替えた。
ガサツな回転、トルクフルなパワー、いかにもカワサキらしかったように思う。
国内仕様でMAXパワーはデ・チューンされていたが私には十分すぎるパワーであった。
高速道路では。150kmあたりから安定してスーパースポーツというところを見せ付けてくれた。
しかし、日本的な低速小回り峠道(鍋谷峠など)では、そのパワーはもてあまし気味でありました。
そんなGPZも私の未熟さで転倒してしまい、傷つけてしまった。
1度目は、無理に前走の車を抜こうとして反対車線に出て、運悪く対向車が来てしまった。
ブレーキをかけて、もとの車線に戻ろうとしたが、フロントタイヤが滑りだして転倒。
2度目は、コーナーリング中に謎の転倒。(いまだに原因がわからぬ)
2回ともTFのツーリング中だったので、皆様にはご迷惑をおかけしました。
幸いにも体は、怪我1つ無く、無事でした。
その後、私には技術・体力的に、ビッグバイクは扱えない、と考えスクーター(シグナス150)に退化してしまいました。
■ヤマハ シグナスGT
水冷4サイクル単気筒149cc
12ps/8,000rpm
1.2kg-m/8,000rpm
価格31万9千円
Ninjaから退化してスクーターになった。
高速道路走行可ということで150ccを選んだが、はっきり言ってパワー不足!
一度、阪神高速を走行したときは、ホンマ怖かった。
フルアクセルでも110km/hぐらいしか出ん。その横を車がビュ――んと抜いていく。
もう二度と高速は走らんかった。
そんな、スクーターは台湾製だった。なぜかトラブルに悩まされた。
オイルが垂れる。ミラーのカバーが外れる。スタートクラッチが外れる。
やはり当時の台湾製は品質はいまイチやった。
修理を重ね、通勤に使っていたある日、事故が起こった。
もう皆様ご存知のあの出来事が・・・ここでは詳しく書きません。
一時は、集中治療室に入院し、伝説巨神危篤説まで出たが、不死鳥?のごとく蘇った。
シグナスは、左ミラーを飛ばし、左側面に擦り傷多数を作った。
エンジンには、ダメージは無かった。
しかし、嫁さんに「事故車は乗りな、もう捨てなさい。」と言われ素直に従った。
バイクは5千円で買い取られていった。
ひょっとしたら、今ごろ生まれ故郷(台湾)で元気に走っているかもしれない。
■ヤマハ SRX600(形式 3SX 最終型)
空冷4サイクル単気筒OHC4バルブ608cc
42ps/6,500rpm
4.9kg-m/5,500rpm
新車価格55万9千円(中古価格33万円)
GPZ900R NinjaからシグナスGT150に乗り換えたが、
しばらく経ってやはりミッションつきのバイクが欲しくなった。
BIGバイクよりもミドルなバイクがいい。
気軽に付き合える奴がいい。マルチじゃなくて、
ツインかシングルがいいかな?と考えていたある日、
本屋でバイク雑誌を立ち読みしているとSRX600の中古を
見つけた。
ショップは、堺の南陵町の「バイクショップ TANAKA」。
近くやし、ちょっと覗いてみる。
94年式(2年落ち)距離1,600kmあまり、見た目も綺麗だ。
店長に聞くと、前オーナーはドカティ乗りでセカンドバイクと
してガレージに保管していた、ということだった。
グラっと心が傾く。家に帰って嫁さんと交渉や!
私「バイク買うでぇ、ええバイクがあるねん。
先月は残業手当が多かったからええやろう?」
嫁「・・・・」
いろいろあって、と言っても、ほぼ一方的に購入を決めていた。
スリムな車体、トルクフルなエンジン。
取り回しも軽く、造りの質感もGOOD。
お気に入りのバイクになった。
マフラーを交換し、リアサスも換装。オイル交換は2,500kmごと。
ツーリングの後の洗車も楽しい。乗らんときは磨いて、自己満足。
絶対的な速度は、BIGマシンに劣るけど、味のある単車です。
当分の間、こいつに乗ってやるつもりです。
('04追記)
ついに、SRXとの別れの日が・・・
中古で買って8年。走行距離も3万7千キロを越えた。
5回目の車検を前に“バイク買い換えたい病”が発病してしまった。
こんなに長い期間乗ったバイクは今までに無い。
それほど、SRXは楽しいバイクだった。
しかし、シングルの振動もセパハンのポジションも少し辛くなってきた。
もっと楽に快適にツーリングできるバイクが欲しい。
で、以前から気になっていたBMWに乗り替え。
SRXを手元に置いておきたかったが、場所的にも資金的にも無理があり、
止む無く、泣く泣く売却。
Yahoo!オークションに出品し、無事30万円で落札。
姫路に住む『綺麗なSRXを探していました。』と言う人に
譲り渡しました。
『ツーリング専用車として、大切に乗ってやります。』と言ってくれた。
さらば、SRXよ。
■ YAMAHA Majesty250
ヤマハが生み出した新しいカテゴリ
ー"スポーツ・ビッグ・スクーター”
事故でスクーターシグナスGT150を失ってしまった後、
スクーターの便利さが忘れきれずに、またもやスクーター
が欲しくなってしまった。
高速走行も考えて、今度は250ccクラスが欲しい。
ヤマハ党の私としては、発売当時から気になっていた
スクーターMajesty250にほぼ決めていた。
が、しかし、新車は高価である。
程度のいい中古車は無いだろうか・・・と何気なく探していた。
ふと、インターネット・オークションで“マジェスティ”を検索してみる。
出来れば、マイナーチェンジ後のヤツがええなぁ・・・
でも、高いなあ・・・ん?これは・・・
希望に添うようなバイクを見つける。出品地は“大阪”。
一度現物を見てみたい。
出品者にメールを出す。
『現物を見たいのですが、大阪のどちらですか?』
返事は『大阪南部 富田林市です。』
詳細な住所を聞き、尋ねることに。
出品者の自宅に行き、実車を見せてもらう。
登録は、2000年8月。まだ半年しか経っていない。
距離は4000km余り、自賠責保険は平成15年まで付いている。
見た目も大きな傷はなく、転倒歴は一切無し。
タンデムバックレストのオプションも付いている。
『なぜ?お売りになるのですか?』と私
出品者『私は、トライアルをしていた。もう年やし(40歳くらい)、トライアル辞めて
スクーターにでも乗ろうとしたんやけど・・・やっぱ・・・忘れられんのです、トライアルが・・・』
で、自賠責保険も付けてもらい、名義変更も出品者側でしてもらい、
価格も出品スタート価格(38万円)に。即、買っちゃいましたよ。
Majestyはほんとにええバイクです。
通勤に、ツーリングに、と大活躍。
最高速も130kmは出るし、積載能力も抜群。
グリップヒーター付ければ、冬も快適。
燃費は、通勤で28km/L、ツーリングに行けば、30km/Lを超える。
走りは、通常のバイクに比べれば、スポーツ性は低いけど、
クラッチ無しのイージーライディングは、楽なのです。
お気に入りのバイクです。
■ BMW R1150R
エンジン: 空油冷4サイクル水平対向2気筒1130cc
最高出力: 85ps/6750rpm
最大トルク: 10kg-m/5250rpm
乾燥重量(kg): 218
新車価格:153万円
いつかは、乗ってみたいと思っていたBMW。
パニアケースを取り付けて、長距離ツーリングを
快適にこなす。そんなイメージがあり、
その快適さが欲しくなった。
美原町にあるエクセルオートに立ち寄ると
R1150Rの中古車が90万円。
高値の花と思っていたが、中古車なら
何とかなりそうだ。
嫁に言いあぐねている間に、エクセルオートの車両は売約済みとなってしまった。
こうなると、ますます欲しくなる。
ネットであちこち検索して見つけたのが、2002年モデルのアトランタブルーのR1150R。
欲しかったカラーだ。
京都にある“京都モータークラブ。店を訪ね、現車を確認、カタログを貰い、見積書を作成してもらう。
あとは嫁の説得だ。
嫁さんに、そぉ〜と“買い替え理由書”を手渡し、読んでもらう。
明らかなOKサインが無いものの、反対意見が無いのを自分の都合がエエように解釈し、
契約書にサインしてしまいました。
これで晴れてビーマーの一員に。さあ、楽しいツーリングが私を待っている!(’09追記)
お気に入りだったR1150Rだが、売却の日がやってきてしまった。
ガレージに3台のバイクがあり、
嫁さんに『1台整理しなさい。』と言い渡された。
今まで小言は言うものの、3台のバイクを所有することを黙認していた嫁。
2008年の年末から色々と訳があり、売却せねばならない。
思いきって、どれかを1台選択・・・やはり使用頻度の低いバイク。
マジェスティは通勤に使うので、ほぼ毎日使う。
セローは気軽に乗れるし、どこにでも行ける。最近乗ると言ったらセローばっかり。
R1150Rは、車重もあるし、ちょい乗りには不向き。買った2年ほどは楽しくって、
乗りまくっていたが、最近はほとんど乗らない。
維持費も高額・・・嫁も『デカイやつが邪魔』と。
売却しても値が付くのは、R1150Rぐらい。
整理するなら、R1150Rしかないな・・・と決めたら、行動に移さないと決心が揺らぐ。
とりあえずインターネットで概ねの査定額を調査。
50〜60万円が相場らしい。しかしここでの査定は新車ならこの価格で買取するらしく、
実車の査定は、距離や程度で減額されていく。
ネットでまずまずの評価を受けているゲ○モトソニックに査定の予約を入れる。
その前に他の店での査定額を調査しておこう、とバ○○王とレッド○○○へ。
バ社は、以前も査定してもらったが、値切り方がえげつない。
今回も出てきた査定額は、33万円。
次に寄ったのがレ社。『頑張ります』と言って出てきた査定額は52万円。
これだけ差が出るのか・・・ついでにBMW販売店に寄ってみるが、買取はやってない。
家に帰り、ゲ社が来るのを待つ。待つ間最後になるかも知れない愛車にワックスがけ。
2tトラックでやってきたゲ社。15分ぐらいしっかりとバイクを舐めまわすように査定。
で、査定額は・・・なかなか言わない。
『いくらを希望してます?』『うちは、オークションに流さないので、他者より6万ぐらい高価になる』
などと言うだけで、はっきりと言わない。
こちらから「50万は切れない」と言うと、
あれこれ説明して『40です。』と。確かにバ社よりは高価だ。
交渉の結果『決めてもらえるなら45出します。』
こちらも最終宣告「正直言うけど、レ社は50越えだよ」
ゲ社は、『それが本当ならレ社さんに即売りですね。うちは45以上出せないので帰ります。』
ということで、レ社に売却となりました。
■ SEROW 225WE
![]()
エンジン: 空冷4サイクル単気筒223cc
最高出力: 20ps/8000rpm
最大トルク: 1.9kg-m/7000rpm
乾燥重量: 108kg
新車価格:389,000円
セローに乗って、林道をトコトコ走って、テント張って焚き火を眺めながら、チビチビと酒を呑む。
なぜかそんなツーリングに憧れた・・・
そんなある日、ネットでGooBikeを検索すると、
和泉市のバイク屋に225WEの2004年式(5MP4)が22万円で出ていた。
家から近い(バイクで10分ほど)ので、早速バイク店に。
セロー225ccの最終型2004年式。
オプションのキックスタートキット(部品プラス工賃:約2万円)と
アルミリアキャリア(約1万5千円)が付いて税込22万円。
自賠責保険、整備費用、納車手数料を合計すると26万5千円。
前後タイヤを新品に入れ替えてもらって28万円という条件。
少しオフロード走行の履歴があって、距離は2万2千KMを越えている。
距離が多めなので、相場よりも値段が低いのだろう。
フレームもオフロードブーツで擦れた跡がある。
良く見れば、距離の割にスプロケットやチェーンが綺麗なので
交換していると思われ、またどうしてなのか?不明なのだが、
マフラーが新品だ。
エンジン音には異音は無い。
セローのエンジンは丈夫と言われているので、
2万kmぐらいならまだまだ大丈夫だろう。
小錆びもあり、小傷も有るが、これくらいなら磨いてやるのが
楽しみ?・・・
パッと見は、綺麗やし、欲しかったオプションも付いている。
で、買ってしまいました。
どこにでも入って行けるセローがお気に入りです。
■ KSR−U
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エンジン: 水冷2サイクル単気筒79cc
最高出力: 10ps/8000rpm
最大トルク: 0.95kg-m/7000rpm
乾燥重量: 77kg
新車価格: 249,000円
発売された頃から気になっていた。
小さなボディに本格的?装備は、魅力的。
・倒立フロントサス
・リンクリアサス
・前後ディスクブレーキ
・6速ミッション
そして水冷2サイクルエンジンは、10馬力のパワフルさ。
発売後、カラーリングの変更を受けながらB6モデルが最終モデルで、
4サイクルモデルのKSR110にバトンタッチ。
KSR110も気になったが、しばらくその気も失せていた。
しかし、環境対応モデルが各メーカーから発売され、
小排気量車も4サイクル化インジェクション化になり、
2サイクル車は、絶滅危惧種になりつつあった。
で、ふとKSR−Uへの思いが再燃し、たまたまネットオークションで、
最終型のB6モデルが、大阪から出品されているのを発見!
開始値は10万円だ。通常B6モデルは15万円前後が相場で、
程度の良いものなら、20万円超。
出品者はバイク店で、現車確認の連絡をいれれば、快くOKの返事。
後日、現車を確認すると、程度は悪くない。
ノーマルに近い状態で、タイヤは新品に交換済み。
CDIに交換済みで、ヘッドライトも高効率バルブに交換、
ハンドルは、やや低めのものに交換され、純正のキャリアも付いている。
前オーナーは、400ccへの乗換えらしい。
当初、店頭では14万8千円で並んでいたらしいが、スクーターブームのあおりか?
値段を下げても長期在庫となり、今回ネットへの出品となったとのこと。
店長がエンジンをかけてくれ、「敷地内なら試乗OKですよ」というので、
小さなシートに跨り、スタート。ビィィィィーーと懐かしい排気音。
カウル類は、経年劣化の影響で色あせなどが有るが、
エンジンは元気で、作動部分の特に大きな問題は無さそうだ。
家に帰り、オークションの様子をうかがう。
すでに、10万円で入札者がある。
オークション終了間際に、10万2千円で最高入札者で私のIDが表示され、
終了まで応札が無く、そのまま落札となった。
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